top of page

2026年9月7日 ヨナ書1章

  • hccnichigo
  • 18 時間前
  • 読了時間: 3分

『アミタイの子ヨナ』


 このヨナ書では、選ばれた預言者といえども、必ずしも神のみことばに従うわけではないことを示しながらも、それでも、神のみことばは、鳩が巣に戻ってくるように、必ず実現するという神のみわざを見ることになります。そうして、私たちの神は、ユダヤ人を救おうとされているのではなく、異邦人であるニネベの者たち、ユダヤ人にとっては敵である者も救いたいと願っている事も示しているのです。


 ヨナ(ヘブル語でヨーナーは鳩という意味)の出身地は、列王記第二14:25では、ガテ・ヘフェル出身の預言者、アミタイの子ヨナと記述されていて、これは主イエスのナザレ村の近くでガリラヤ地方にあった町と考えられています。そして、父親のアミタイは、真実、真理という意味だそうで、私の真実な者、鳩のように、飛んでいっても育て主に戻ってくるヨナというふうにイメージが湧いてきますね。


 ヨハネ1:46に、やがて弟子となる誇り高いイスラエル人のナタナエルが、主イエスの出身地であるガリラヤ地方の辺地ナザレ村の事を指して「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったり、同じくヨハネ7:52でパリサイ人が、ニコデモに「あなたもガリラヤ出なのか。よく調べなさい。ガリラヤから預言者は起こらないことが分かるだろう」と酷評していますが、実際には預言者ヨナもいたので矛盾しています。恐らく、この時代には、北イスラエル王国下にあったガリラヤ地方は、神殿のあるエルサレムから見ると偏見をもって見られていたこと、そして、さらに救い主は、ダビデの子孫でベツレヘムからでガリラヤではないという先入観があって、主イエスが実はベツレヘムで生まれたことを知らなかったのだと思われます。そして、主イエスのことばマタイ12:39~41を読むと、「悪い、姦淫の時代はしるしを求めますが、しるしは与えられません。ただし預言者ヨナのしるしは別です。ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるからです。」という主のことばが光ってきます。


 ヨナが行くのを拒んだニネベはアッシリアの首都で、やがてヨナの出身である、北イスラエル王国を滅ぼすことになる、占領した民には、過酷な仕打ちをすることで有名な敵がこのニネベなので、ヨナは行く事を拒んだわけです。しかし、ヨナは主イエスが3日の間、地の中にいることを予表したように、やがていやいやながらもニネベに行って、異郷の地でいわば宣教する姿は、主イエスが異邦人である、私たちにも福音を伝える姿となって主イエスを表しているのではないでしょうか。


祈り

主のみことばは必ず成就することを、ヨナ書から改めて学びましたことを感謝いたします。主への信頼がますますまして私たちが硬い確信を持つことができますように、この学びを祝福してください。アーメン

文: 森 宗孝


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年9月6日 オバデヤ書1章

オバデヤ章はたった一章しかなくて、旧約聖書で最も短い章と言われています。著者はオバデヤでその名前の意味は、主のしもべだという事です。彼はどういう人物だったかはわかっていません。オバデヤ書のテーマはエドムに対する主のさばきが述べられています。エドムがさばかれる理由は高慢になったためと彼がイスラエルに行なった暴虐の数々が述べられています。  エドムが高慢になったことは、彼は標高数千メートルの高台に住ん

 
 
 
2026年9月4日 アモス書8章

「神である主は私に示された。そこには一かごの夏の果物があった。主は言われた。「アモス。何を見ているのですか。」 私が、「一かごの夏の果物です」と言うと、主は私に言われた。「わたしの民イスラエルに終わりが来た。わたしはもう二度と彼らを見過ごさない。その日には、神殿の歌声は悲鳴に変わる。―神である主のことば― 多くの屍が、いたるところに投げ捨てられる。口をつぐめ。」 聞け。貧しい者たちを踏みつけ、地で

 
 
 

コメント


bottom of page