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イザヤ書19章


“Egypt’s Judgement”

 

 預言者イザヤは、裁きの預言と希望の預言と、その両方を語りました。イザヤ書19章の話は、まずエジプト王国に対する裁きの預言から始まります。

 イザヤの預言によると、最終的にエジプトを陥落させるのは、何か外国の勢力ではなく、内戦です。エジプト人はエジプト人と戦い、隣人と隣人、都市と都市、王国と王国が戦うことになります(19:2)。この後、飢饉(5節)がその地に訪れ、経済崩壊(10節)が起こるのです。 興味深いことに、専門家と呼ばれる人々は、彼らの王に「愚かなはかりごと」を与えるのです(11節)。結局、エジプトは、彼らが主に立ち返るまで、廃墟と化すのです。

 

 エジプトの裁きに関するイザヤの預言を読みながら、私たちは現在のアメリカや他の国々の出来事を考えずにはいられません。テレビをつければ、あるいはネットのニュースを読めば、私たちは今、米国という分裂した国に住んでいることがわかります。

 このような分断の時代に、「United」アメリカと呼ばれるのは皮肉なことです。さらに、干ばつ、山火事、予測不可能な天候など、今も多くの気候変動による大災害を経験しています。

 政治の話はしたくないのですが、エジプト崩壊の一因が "愚かな人々 "の助言にあったことも興味深いことです。真理を信じるクリスチャンとして、私たちも、政府の指導者に助言を与える人々の言葉を聞くときは、大いに 識別力を働かせなければなりません。神の言葉だけが絶対的なものなのです。

 さらに、イザヤがエジプト人について明らかにしたように、その国を回復させる唯一の道は、その国民が神のもとに立ち返ることでなのです。

 次の御言葉は、最も有名な宣言です。「わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、わたしは親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒やす。」 (歴代誌 第二 7:14,聖書 新改訳2017)

 

 

 父なる神さま、今日の御言葉を感謝します。あなたに、そしてあなただけに、すべての栄光がありますように。

 エジプトの例を通して、私たちもあなたに立ち返らなければならないことを教えてくださり、感謝します。私たちの国を癒すことができるのは、人間の愚かな知恵ではなく、あなただけです。私たちがあなたに立ち返ることによってのみ、あなたは私たちの国を癒すことができるのです。

 父なる神さま、どうか地球上のすべての人々に御霊を送り、彼らの罪を正してください。彼らが悔い改めてあなたに立ち返ることができるように、彼らの罪を打ち明けてください。

 私たちも悔い改め、まだ苦しんでいる罪から立ち返ることができるように、父なる神さま、私たちをも戒めてください。

 父なる神さま、私たちが世の中の模範となれるように、悪い道から立ち返る力を与えてください。あなたの御心が天で行われるように、この地上でも行われるようにしてください。

 父なる神さま、ありがとうございます。父なる神さま、私たちはあなたを愛しています。In Jesus’ Name we pray, amen.

 

 

The Prophet Isaiah delivered many prophecies of both judgment and hope. Isaiah 19 talks start off with pure judgment on the kingdom of Egypt. According to Isaiah’s prophecy, what will ultimately lead to the fall of Egypt will not be some foreign force but one another. Egyptians will fight Egyptians, neighbor against neighbor, city against city, and kingdom against kingdom (Isaiah 19:2). After this, famine (v.5) will also come to the land, and there will be an economic collapse (v.10).  Interestingly, the so-called experts will also give their king a “stupid council” (v. 11). Eventually, Egypt will be in ruins until they turn to the Lord.

 

While reading Isaiah’s prophecy concerning Egypt’s judgment, we cannot help but think about the current events in the United States as well as the rest of the world. All one must do is turn on their television sets or read any online news platform to see that we now live in a very divided United States. It is ironic that we care called the “United” States because we now live in a time of great division. Furthermore, we are experiencing many climate catastrophes at this time too with droughts, wildfires, and unpredictable weather. Although we really do not want to talk about politics, it is also very interesting that a contributing factor to Egypt’s fall was its leaders taking the advice of “stupid people.” As truth-believing Christians, we too must use great discernment whenever we hear the words of people that give advice to our government leaders. Only God’s Word is infallible. Furthermore, just as Isaiah revealed about the Egyptians, the only thing that will restore our country is its people returning to God. God’s Word most famously declared: “… if my people who are called by my name humble themselves, and pray and seek my face and turn from their wicked ways, then I will hear from heaven and will forgive their sin and heal their land” (2 Chronicles 7:14 ESV).

 

Thank You, Father, for Your Word today. To You and You alone be all the glory. Thank You for showing us, through the example of Egypt, that we too must turn back to You. It is not man’s stupid wisdom that can heal our country but only You. You will heal our land only if we turn back to you. Please, Father, send Your Spirit to all of earth’s people and convict them of their sin. Convict them of their sin so they can repent and turn back to You. Convict us too, Father, we too can repent and turn from the sin that we still struggle with. Please, Father, give us the strength to turn from our wicked way so we can be the examples for the world to see. Let Your will be done here on earth as it is in heaven. Thank You, Father. We love You, Father. In Jesus’ Name we pray, amen.

 

閲覧数:19回

イザヤ書18章


「霊性の養い」


「ああ、羽コオロギの国よ。この国は、クシュの幾多の川のかなたにあり、」(1節)とあるが、この「羽コオロギの国、クシュ」とは、現在のエチオピアの辺りのことで、「羽コオロギ」とは、今でいうツェツェバエではないかと考えられている。


 当時、アッシリヤという大国が現れ、南ユダもクシュも、その威力に恐れ慄ている状況にあった。そこで、クシュは南ユダに一緒にアッシリヤに対抗しようと同盟を呼びかけたのだ。2節の「使者」とは、同盟を結ぶための使者のことを意味している。


 このような状況の中で、神は「わたしは静まり、わたしのところから眺める。」(4節)と語られる。

 危機的な状況の中で、国々は慌てふためいて様々な策を考える。しかし、主は静まり、眺めておられる。そして、時が満ちるとき、神は、ご自身の御心を成される(5,6節)。 

 この後クシュは、結局はエジプトと共にアッシリヤに滅ぼされてしまう(20章)。しかし、7節の預言がある。クシュにも神の祝福が注がれるというのだ。この預言は、使徒の働き8章26節~で、ピリポの伝道によってエチオピア人の宦官が救われた事につながっているのではないかと考えられている。


 ここで二つのことを学んだ。

 一つは、危機的な状況の中、慌てふためくような時、その時にこそ主が静まっているように静まり、主が眺めているように眺めることが大切だということだ。それは、主への信頼という事だと思う。

「やめよ(静まって)。知れ。わたしこそ神」(詩篇46:10)

 この霊性を普段の生活の中で養っていきたい。主の静まりと、主の視点を身に着けていきたいと心から願う。


 もう一つは、裁きの後に、必ず救いがあるということだ。神の義は、裁きでは終わらない。神の義とは、真の救いへと導くための義なのだ。

 やがてエチオピアにも福音が伝えられたように、私たちも様々な出来事を通して、十字架と復活の福音へと導かれていくのだ。ここに私たちの希望がある。


 天の父なる神さま

 危機的な、慌てふためく状況の中にあっても、主が静まっているように私も静まり、主が視ておられるように私も視ることが出来ますように。そのような霊性を養ってください。

 今日も、主よ、あなたにあって平安でありますように。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

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イザヤ書17章


「世界に及ぶ神の審判」


 イザヤ書17章から19章にかけてはそれぞれの国への審判である。ダマスコからエチオピアそしてエジプトとイスラエルの周りの国々への神の審判、神が主権を持つ、未だ見ぬ「その日」の宣告が語られている。周辺諸国への審判といえばもう一人の預言者を思い出す。イザヤは南王国ユダで活躍したが少し前に北王国へ遣わされた預言者アモスがいる。アモスもまた北王国イスラエルと南ユダ王国の周辺の民族への審判を描きながら、あなたがたは神に立ち帰らなかったと嘆くのだ。


 アモスもまずは北のダマスコ、南のガザ、北西の繁栄の港町ツロ、アンモン、モアブと北と南王国を時計回りで、神の怒りが台風のように渦巻きとなって、周りの民族から始まり、悔い改めてもらいたいユダヤの民、南ユダ王国の律法への軽視を責めた後に、最後に結論のように北王国イスラエルが無力となって崩壊すると予告している。


 そうしてイザヤ17章にもアモスのように主が君臨する日、その日に周辺諸国がどのようになるかが示されている。これは世の全ての国と考えられる。12節「ああ、多くの国々の民のざわめき。彼らは海のざわめきのようにざわめく。ああ、国民のどよめき。彼らは激流のどよめきのようにどよめく。」


 ワシントン州の日本人教会では何人もトルコへ伝道へ出かけて行っている。トルコではクリスチャン伝道はご法度なので迫害される可能性が高い。それを顧みずに彼らはトルコで特にシリアからの難民、まさにダマスコの民でトルコに住む人々に伝道するのだが、その方法が変わっている。シリア人の文化「自宅に寄留する者は守る」と言う気質を頼りに、シリア難民とまず知り合い、彼らの家に泊めてもらい伝道をする事を何年も行なっている。

 不思議に思い、牧師先生になぜダマスコの民に伝道するのか、日本人なんだから日本へ行くべきではないかと問いてみると、聖書にあるようにイスラエル民族の妬みを起こさせるためだと言うのだ。どういうことかというと、イスラエルの長年の敵である民がイスラエルの神である主イエスを信じて、心からイスラエルの民の事を祈るようになれば、イスラエルの民の目からウロコが落ちて、主イエスを見上げるようになる。何という気の長いしかし聖書的な伝道方法なんだろうととても感心した。現代のイスラエルを敵対している回教徒が主イエスを信じ、神の兄弟としてユダヤ人に武器ではなく、友情の手を差し伸べる日が来るだろうか。


 この17章にはダマスコの審判があるが同時に、その中にも残れる者がいると記す、3節抜粋「アラム(ダマスコ)の残った者は イスラエルの子らの栄光のようになる。ー万軍の主のことば。」7〜8節「その日、人は自分の造った方に目を留め、その目(ダマスコ)はイスラエルの聖なる方を見る。自分の手で造った祭壇に目を留めず、自分の指で造った物、アシュラ像や香の台は見ない。」

 残れる者は、イスラエルの中だけではなかった。それぞれの国にも残されている。日本にも残されている。その日、必ず世界中の国々の民がざわめき、どよめく時が主の再臨によって来る、その日は神が選ばれた主の町であるエルサレムに、義なる主イエスを信じる残された者たちが子羊を仰ぐ事が預言されている。


祈り

困難なトルコ伝道をつづけている若い伝道者達が迫害から守られますように、それぞれの国々の中におります残れる者達が地の塩となり、ともしびとなって今の暗い世を照らし、主イエスの栄光が表すことが出来ますように、今日一日を心から感謝いたします。 アーメン

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