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Tropical Leaves

HCCディボーションブログ

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 イスラエルには真実もなく、誠実さもなく、神を知ることもない。呪いと欺き、人殺しと盗みと、姦通がはびこるところだと前章にあった。彼らは、神様から離れ、自ら進んで異国の神に従った。それゆえに、神様は彼らの上に、激しい怒りを水のように注ぎ、彼らを打ち砕くとおっしゃる。

 

 彼らは羊の群れ、牛の群れを連れて行き、神様を訪ね求めるが、見つけることができないとおっしゃる。それというのも、実際には、彼らの心は神様から離れていて、捧げものは形式に過ぎなかったからだろう。


 また、他国に助けを求めるが、だれも癒すことも、助け出すこともできない、とある。神様がこの状況をお許しになってるのは、彼らが真に神様を知ること、神様のもとに戻って来ることを目的とされているからだ。彼らを癒し、助けることのできる方は神様だけなのた。


 神様はイスラエルを心から愛し、祝福して下さった。十分愛されているのに、満たされているのに、イスラエルは傲慢になり、自ら他の神へと心を翻し、神様から離れてしまった。


 人間は、満たされている時が一番、神様を忘れ、傲慢になりやすいものかもしれない。苦しい時の方が、神様を必死に求め、御心を探る。満たされると、そのことが、だんだん当たり前になって行ってしまう。そうなると、私など、気を付けないと、心はどんどん贅沢になり、その欲求はエスカレートしてしまう。


 だからこそ、神様は時に、私たちを苦しみの中に置かれるということもあるのかもしれない。最初は、その状況から逃れたくて、助けを求めて祈る。しかし、すぐに好転しないことも多々ある。その中で、苦しみながらも、必死に神様を求め、会話するだろう。実際、苦しみが来たなら、早く楽になりたいと動きたくなるが、神様との正直な会話が大切なのかもしれない。そこで罪を示されたなら、悔い改めていきたい。


愛する天のお父様、今日のみことばを感謝いたします。神様との会話の中で、罪を示されたなら、悔い改め、神様に整えていただくことができますように。イエス様の贖いのゆえに、神様の愛からこぼれ出ることが、決してないことをありがとうございます。どんな状況の中からでも、再スタートすることのできる恵みを感謝いたします。イエス様の御名によってお祈りいたします。アーメン


 

 私は、イエス様を3回知らないと言ってしまったことのあるペテロであり、姦淫を続けたホセアの妻ゴメルである。そして井戸の側でそれがイエスであると気づかなかったサマリアの女でもある。


 4章では、全体的にイスラエルの民の神様に対する背信の罪が並べられ、その結果どうなるかが警告として書かれている。


 抜粋した3箇所の節を見てみよう。


7節  「彼らは増えるにしたがって、ますますわたしに罪を犯した。わたしは彼らの栄光を恥に変える。...」


14節  「わたしは、あなたがたの娘が姦淫をしても、あなたがたの嫁が姦通をしても、罰しない。男たちは遊女とともに離れ去り、神殿娼婦とともにいけにえを献げている。悟ることのない民は滅びに落ちる。 …」


18節  「彼らは酒を飲んでは、淫行にふけり、淫らなふるまいで恥を愛してやまない。」


 イスラエルの人々は神を忘れていた。神を礼拝しているように見えても、実際には嘘、盗み、殺し、不倫などが広がっていた。


 偶像礼拝への警告。人々は神ではなく、偶像を頼りにした。しかし、それによって本当の神から離れてしまった。


 ホセア4章は、「神を忘れると、人生のいろいろなところが崩れていく」と警告している。

「神さまを知っているだけでなく、神さまの言葉を聞いて、それを生活の中で実行しよう」と訴えている。

 この4章を読んだだけでは、希望が見えない。

 だが、後の書で、ペテロは彼の上に教会を建てる、とイエス様に言われる。ゴメルは代価を払って、夫であるホセアに買い戻される。そしてサマリアの女はイエス様から乾かぬ水を戴き、蘇りのイエス様に最初に出会う。これらのことに大いなる希望が感じられる。

 その時は解らなかったが、後に出てくる書と聖句を読む時「ああ、聖書に書かれている通りだ」と思うことが多い。

天の父なる神様、

毎日 御言葉を食べさせて下さい。誠意を尽くしてあなたを一番に愛し、隣人を自分のように愛する、というあなたの戒めを生活の中で、実行するものと変えて下さい。食べた御言葉が血となり肉となり、それを他者に伝えることができますように、口をきよめて下さい。尊い御子イエス様のお名前により祈ります。アーメン

文: マッカーター 政子


 

 主は私に言われた。「再び行って、夫に愛されていながら姦通している女を愛しなさい。ちょうど、ほかの神々の方を向いて干しぶどうの菓子を愛しているイスラエルの子らを、主が愛しているように。」1節


 1節のみことばは、神の真実の愛が述べられています。ゴメルに対するホセアの愛を述べることによって、イスラエルの民に対する主の愛を示そうとしています。本物の愛は犠牲を払うと言うのはこのみことばに尽きないのではないでしょうか。


 ホセアという立派な夫がいながら、姦淫の罪が赦されたゴメルが再び他の男のもとに走っていった彼女を、主は「愛しなさい」とホセアに命じられたのである。ホセアの心の痛みがいかほどだったかが想像できるようです。犠牲を払う愛とはこのことを言うのではないでしょうか。主なる神は大きな犠牲を払われたのである。愛するひとり子をこの世に遣わされたことです。そして、そのひとり子であるイエスさまは、私たちのために犠牲を払うために十字架にかけられたのです。これが真実なる犠牲の愛です。


 さらに主は、偶像の神にささげた干しぶどうの菓子を求めるイスラエルの民でさえも、主は愛されているのと同じことだと述べています。自分を裏切った人をこれほどまで愛することができるのは創造主だけです。


 ホセアは、主によって自分を裏切った妻であるゴメルを愛することができました。また、イスラエルの民が主を裏切っても、主は、なおも愛し続ける主の愛の深さを知ることができました。裏切られても受け入れること、本物の愛は犠牲をともなうことが示されました。


 天の父なる神さま。あなたの愛は無限のものです。私にとって裏切られた相手を許すことや犠牲を払う愛にいきつくことはとても難しいことです。そのようなことができるように日々の悔い改めと、あなたのみことばにつながって行くことができますようにどうぞ導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
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