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2026年9月5日 アモス書9章

hccnichigo
9月5日
読了時間: 2分

 アモス書9章を読んで、イスラエルの人々がどこに逃げても、神さまの目から逃れることはできないのだと知り、最初は神さまの裁きの厳しさに少し怖さを覚えました。でも、それほどまでに神さまは私たちのことをすべてご存じなのだと思いました。自分では隠しているつもりでも、神さまには心の中まで見えている。そう考えると、神さまはすべてを知っていてくださるからこそ安心できる、という気持ちにもなりました。


 そして、一番心に残ったのは11節です。


「その日、わたしは倒れているダビデの仮庵を起こす。その破れを繕い、その廃墟を起こし、昔の日のようにこれを建て直す。」(11)


 人生の中には、自分の力ではどうにもできないことや、一度壊れてしまったら、もう元には戻らないと思ってしまうことがあります。自分自身についても、もう変わらないかもしれないと思ってしまう部分があります。


 でも、この御言葉を読んで、神さまは倒れてしまったから、もう終わりとはされない方なのだと思いました。神さまは、倒れているものを起こしてくださる。破れたところを繕ってくださる。そして、廃墟になったところさえ、もう一度建て直してくださる。

 そのことが、とても大きな希望に感じられました。

 私はつい、今の自分の状態や目の前の状況を見て、これからもずっとこのままなのかなと考えてしまうことがあります。でも、神さまが見ているのは今だけではないのだと思います。


 今はまだ何も変わっていないように見えても、神さまには回復させる力がある。だから、すぐに答えが見えなくても、神さまを信じて待つことを覚えたいと思いました。自分で何とかしようと焦るのではなく、「神さま、ここをあなたが建て直してください」と委ねていきたいです。


愛する天のお父さま

 今日もあなたを信じて、自分の力ではなく、神さまの恵みに頼って一歩ずつ歩んでいきたいと思います。倒れているものを起こし、破れたところを繕い、もう一度建て直してくださるあなたに、これからも信頼して歩んでいけますように。

 イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン





 
 
 

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