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2026年9月6日 オバデヤ書1章

  • hccnichigo
  • 2 日前
  • 読了時間: 2分

 オバデヤ章はたった一章しかなくて、旧約聖書で最も短い章と言われています。著者はオバデヤでその名前の意味は、主のしもべだという事です。彼はどういう人物だったかはわかっていません。オバデヤ書のテーマはエドムに対する主のさばきが述べられています。エドムがさばかれる理由は高慢になったためと彼がイスラエルに行なった暴虐の数々が述べられています。


 エドムが高慢になったことは、彼は標高数千メートルの高台に住んでいて、そこへの道も岸壁に囲まれて、誰も彼を地に引きずり降ろせることはできないことを誇っていました。しかし主はその高慢を打ち砕き、その町を滅ぼされます。さらに、エドムの国の知恵ある者も勇士たちも、主に在って絶やされることになります。高慢になると主の偉大さが見えなくなってしまうのですね。


 イスラエルに行った暴虐の数々とは、イスラエルの国が外国に侵略されたとき、素知らぬ顔で立っていた、そして彼らのことで喜んでいた。更に、破局の日にイスラエルの人々の財宝に手を伸ばして生き残った者を外国に引き渡したのです。それゆえ、主の日に、主が正しいさばきをなさると記されています。


 15節のみことばに目が留まりました。


「おまえは、自分がしたように、自分にもされる。おまえの報いは、おまえの頭上に返る。」15節(抜粋)


 悪行は必ずそのまま自分に帰ってくるということです。そうならないように私たちは自分にして欲しいことを相手にしていくことだということが示されました。


 「ですから、人からしてもらいたいことは何でも、あなたがたも同じように人にしなさい。これが律法と預言者です。」マタイの福音書7:12

 

 天の父なる神さま。あなたは偉大なおかたです。その偉大さを忘れて高慢になることがあります。「自分が、自分が、」と自分を主語におくことで高慢の道に入っていく時があります。そのような時には、どうぞ私たちを、「自分が」から「主が」に転換することができますように義の道へ導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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