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2026年9月13日 ミカ書3章

hccnichigo
20 時間前
読了時間: 2分

『南王国への指導者たちへのさばきの宣告』


 いつの世も同じですね。ここでの指導者たちとは、政治的指導者と宗教的指導者に語られています。


 政治的指導者とは、かしらたちと首領たちのことを述べています。彼らは主から与えられた公正を知っているはずなのに、善を憎んで悪を愛していました。主の民(一般民衆)の皮を剥ぎ、骨から肉を削ぎ取り、それを大釜で煮て食べていたのです。これは、一般の民から重い税金を取り立てていたと言うことを比喩的に非難したことだと言われています。それゆえ、彼らが主に叫んでも、主は彼らに応えられないし、彼らから顔を隠されると言われています。なぜなら、彼らの行い(政治的な圧力行為)が悪いからです。


 次に宗教的指導者とは、祭司たちと預言者たちのことを述べています。この当時もにせ預言者がいたと言われています。彼らは自分に利益を与える者たちには「平和があるように」と叫ぶが、そうでない者には聖戦をしかけるということでした。罪を犯していながら、

「主は私たちの中におられるではないか。わざわいは私たちの上に及ばない。」と11節(抜粋)で語ることほど傲慢なことはないです。神に用いられ、大切なことをしない彼らに、主はみ心を示されるはずがありません。なぜなら、彼らは金に心を動かされてしまったからです。


 なんだか日本の戦国時代の歴史の中にいる気持ちがします。両者へのさばきは当然だと思います。だが、このようなことは、私たちにも起こりうることだと思います。そのようなことが起こったらどうするかを考えさせられます。


 天の父なる神さま。自分の信仰が口先だけにとどまりませんように、義なる道へと導いて下さい。感謝して主イエスさまの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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