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2026年8月13日 ホセア書4章

hccnichigo
8月13日
読了時間: 2分

 主は私に言われた。「再び行って、夫に愛されていながら姦通している女を愛しなさい。ちょうど、ほかの神々の方を向いて干しぶどうの菓子を愛しているイスラエルの子らを、主が愛しているように。」1節


 1節のみことばは、神の真実の愛が述べられています。ゴメルに対するホセアの愛を述べることによって、イスラエルの民に対する主の愛を示そうとしています。本物の愛は犠牲を払うと言うのはこのみことばに尽きないのではないでしょうか。


 ホセアという立派な夫がいながら、姦淫の罪が赦されたゴメルが再び他の男のもとに走っていった彼女を、主は「愛しなさい」とホセアに命じられたのである。ホセアの心の痛みがいかほどだったかが想像できるようです。犠牲を払う愛とはこのことを言うのではないでしょうか。主なる神は大きな犠牲を払われたのである。愛するひとり子をこの世に遣わされたことです。そして、そのひとり子であるイエスさまは、私たちのために犠牲を払うために十字架にかけられたのです。これが真実なる犠牲の愛です。


 さらに主は、偶像の神にささげた干しぶどうの菓子を求めるイスラエルの民でさえも、主は愛されているのと同じことだと述べています。自分を裏切った人をこれほどまで愛することができるのは創造主だけです。


 ホセアは、主によって自分を裏切った妻であるゴメルを愛することができました。また、イスラエルの民が主を裏切っても、主は、なおも愛し続ける主の愛の深さを知ることができました。裏切られても受け入れること、本物の愛は犠牲をともなうことが示されました。


 天の父なる神さま。あなたの愛は無限のものです。私にとって裏切られた相手を許すことや犠牲を払う愛にいきつくことはとても難しいことです。そのようなことができるように日々の悔い改めと、あなたのみことばにつながって行くことができますようにどうぞ導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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