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2026年7月1日 ヨハネの手紙第一2章

hccnichigo
7月1日
読了時間: 2分

「光の中にいると言いながら自分の兄弟を憎んでいる人は、今でもまだ闇の中にいるのです。自分の兄弟を愛している人は光の中にとどまり、その人のうちには、つまずきがありません。(9、10)

 

 イエスが私たちに教えていることは、神の命令は真理であり、その真理とは「互いに愛し合う」ことです。

 このことが「実」であって、この実が結ばれていないということは、その人にうちに真理はないということです。どんなに聖書の知識を持ち、宣教や奉仕に励んでいても、「愛すること」がなければ、それは無に等しいのです。


 ただし「愛する」なら、その人のうちにはつまずきがないというのです。なぜなら「愛すること」が、神が人間に定めた正しい道だからです。その道に歩むならつまづくことはないのです。


 この手紙を書いた使徒ヨハネは、雷の子というあだ名をつけられるくらいに、怒りの人、短気の人でした。そんな彼が神の愛を語る者に変えられたのです。彼は、互いに愛し合うことの幸せを見出したのです。

 主は、今も私たちの心を愛で満たし、光の中を歩む者としてくださるのです。


 天の父なる神さま

 どうか聖霊によって、私たちの心を神の愛で満たしてください。そして愛されることから、愛することへと、私たちの心の向きを変えてください。それによって私たちは、真理と光の道を歩むことが出来るのですから。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。  アーメン

文:関真士

 
 
 

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