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2026年6月28日 エゼキエル書47章

hccnichigo
6月28日
読了時間: 2分

 『神殿の敷居の下から流れている水』


 エゼキエル47章では新しい神殿の霊的な働きを幻で表現したもので、この光景をエゼキエルに見せたのである。神殿の敷居の下からは水が湧き上がり豊かに流れ出ていた。すべての生き物を生き返らせ、川のほとりに生えているあらゆる果実の木が活き活きと葉を茂らせて月ごとに果実を実らせるというのです。すべての生き物を生き返らせ、川のほとりに生えているあらゆる果実の木が活き活きと葉を繁らせて月ごとに果実を実らせるというのです。 これこそ私たちが目指す新天新地のすがたではないでしょうか。


 神殿は、天におられる神のお住まいをひな型にした写しと語られています。神殿、つまり今でいう礼拝堂とはどういうものか。それは「霊的な命」、神さまから注がれる「命の水」が流れ出て、「すべてのものを清め、すべての生き物が生き返らされていく」場所であるということです。私たちにとって水は毎日かかせない大切なものです。同じように、神さまから注がれる「命の水」つまり、神さまから「霊の息吹き、御言葉」をいただかないと私たちは生きられません。信仰というものはその日その日に上から与えられるものです。それを忘れた時、その人の信仰は干からびてしまいます。


 信仰の弱い者で、時にはこの世的思考に陥りやすくて神に御言葉を下さいと祈ることを忘れることがあります。でも、そのようなときは、神さまは何かを通して気づかせてくださいます。他者を通して、いろんな目に見えるもの、耳で聞こえるもの、などでしょうか。このような小さき者にも、御言葉をください、私の霊を枯らさないようにしてくださいと大胆に祈ることができるようにしてくださいます。主はいつも私と共におられ、守ってくださるという思いを感じさせられます。感謝なことです。アーメンです。

 

 御在天の父なる神さま。私たちの信仰が干からびてしまわないように、日々あなたから注がれる「命の水、霊の息吹き、御言葉」を求め続けることができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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