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2026年7月16日 ダニエル書9章

hccnichigo
7月16日
読了時間: 2分

『ダニエルのイスラエルの民の罪のための祈り』


 時は、メディア族のクセルクセスの子ダレイオスが、カルデア人の国の王となったその元年のことです。ダニエルは、預言者エレミヤの書からエルサレムの荒廃の期間が満ちるまでの年数が七十年であることを知りました。その悟りは、ダニエルを悔い改めの祈りへと誘いました。そして、ダニエルは顔を神に向けて、断食をし、灰をかぶり、祈りと愛願を持って主に祈りました。


 ダニエルはイスラエルの民が神に逆らい、律法を守らず、神の言葉に従わなかったためにバビロン捕囚となったことを告白しました。彼は、神に必死になってイスラエルの民のために祈る様子が16節から19節に記されています。特に18節の聖句が心に響いてきました。


「私の神よ。耳を傾けて聞いてください。目を開いて私たちの荒れすさんださまと、あなたの御名がつけられている都をご覧ください。私たちが御前に伏して願いをささげるのは、私たちの正しい行いによるのではなく、あなたの大いなるあわれみによるのです。」18節


 ダニエルは、イスラエルの民の捕囚を終わらせて一日も早く故郷に帰還させてくださいと祈りました。イスラエルの民には、ただ神の憐れみにすがるほかはないと告白しています。私たちが今生かされているのは、イエス・キリストの十字架のおかげです。それはただ神の憐れみによるのです。

 

 天の父なる神様。私たちもダニエルの心砕かれた魂の叫びの祈り人として、互いに愛しあい、祈りあう教会員となりますように導いてください。日々あなたの憐れみを覚えて、信頼していくことができますように祈ります。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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