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2026年6月8日 エゼキエル書27章

  • hccnichigo
  • 7 日前
  • 読了時間: 3分

『ツロについて』


 昨日のデボーションの26章でもツロのことが描かれていて、もしかしたら重なるかもしれませんが、私たちには、馴染みの薄い「ツロ」という町が、聖書ではどのような意味があるのかを考えてみましょう。ツロは地中海に面した岩礁島で、エルサレムから北へ160キロも離れた、フェニキア異邦人の町です。貿易によって富んで繁栄していました。

銘型牧師の書斎から、ツロはこのような貿易港であったそうです。













 旧約聖書では、ツロの王ヒラムは、神殿建築用のレバノン杉を運んで、はエルサレム神殿の建設に協力たこともあったのですが、貿易による富が増して、神を忘れた繁栄が続き、人間の高慢さの象徴となったので、その高慢による脱落のため、バビロンと比較されることもあるようになったのですが、やがてアレクサンドロス大王によって、この自立心の高い港は、破壊されてしまいます。


 マルコ7章24~31節には、主イエスがツロに行かれて、異邦人の女の娘、悪霊につかれた娘を助けてくださるように懇願された時のことが記されています。主イエスは、自分はまずイスラエルの民の救いをしなければならないと伝えると、異邦人の女が、「主よ。食卓の下の子犬でも、こどもたちのパン屑はいただきます。」と答えて、主が娘の悪霊を追い出した、その場面がツロの地方での出来事でした。


 このツロについて、エゼキエルは25節で「タルシシュ船がおまえの商品を運んだ。おまえは大海のただ中で 満ちあふれて、大いに栄えた。」とどれほど繁栄したかを、淡々と述べていますが、神を忘れた繁栄とその高慢のために、おまえの水夫、船員、戦士、全集団も、おまえが崩れ落ちる日には、おまえのために大声をあげて激しく泣くと、主による裁きがくだる様を表しています。


 今、自分が学んでいるのは、コリント人への手紙なんですが、このコリントという町も、ツロに似ていて、貿易と商い、金融の中心地として栄えて、アフロディーテ神殿といって、ローマ名でヴィーナス、愛、美、豊饒の女神があって、神殿には巫女が千人いたと歴史家が語るほど大勢の巫女がいて、彼女たちは、神殿娼婦であったとされています。 ですから、自分達が富んでいて、道徳が乱れていたという様子は、ツロと似ているように思えるわけです。やはり、私たち人間は、物質的に富んできますと、自己中心の思い、自分にとって何が楽しいのか、誰が自分の利益になるか、損になるかというそろばんを弾いてしまう運命にあるのでしょうか。


祈り

どうか、私たちは、自分達の豊かさが主からの恵みであることを忘れることがありませんように、そして周りにおられる苦労されている方々に肩を貸してあげることが、主によっての喜びとして行えますように、私たちが高慢となりませんように、導きください。アーメン

文:森 宗孝


 
 
 

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