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2026年6月12日 エゼキエル書31章

hccnichigo
6月12日
読了時間: 2分

3節「見よ、アッシリア。それはレバノンの杉。美しい枝、濃い陰をつくる森、その丈は高く、そのこずえは雲の中。」


 当時(586 BC)は、イスラエルやレバノン地帯には、レバノン杉が沢山生息し背が高く葉をたくさん付けるので、地上が暗くなるほどだったらしい。伐採が進み最近は少なくなった。このレバノン杉はエジプトとアッシリアのことを揶揄した章である。


10節、11節「それゆえ、神である主はこう言われる。「それが高くそびえ、こずえを雲の中に伸ばし、その高さゆえにおごり高ぶったので、わたしはこれを、諸国のうちの力ある者の手に渡した。その者はこれを厳しく罰し、わたしも、その悪行に応じてこれを追い出した。」


  先々週、まだ実家に滞在していた頃、兄から不思議な話を聞いた。


 大昔、それこそ40年以上前に私は父と兄の井戸掘りを手伝ったことがある。2.5メートル位地下を掘っていくと水源に当たった。その井戸は最近まで使われており、15年前の地震の時に大変役立ったそうだ。その後は洗い物専用として使われていた。ところが去年その水が枯れたそうだ。工業エンジニアと相談したところ、もう少し掘ってみようということになった。あと1メートルほど掘ると、また水源に当たった。水源は何層にも分かれていたらしい。


 前置きが長くなったが、この31章に書かれているアッシリアは、水源が豊富な場所にあった。水の層が段になって何層もある恵まれた土地だ。


 それもそのはず、そこは、ユーフラテス川とティグリス川に挟まれた所だから。

いにしえより、水のある所から文明がおこる。


 雄大なナイル川を誇るエジプトも当時、世界最強の国であった。

 当時のエジプトのパロは、ホフラ(エジプト名:ウアフイブラー、ギリシャ名:アプリエス)で、

栄華を極め力ある王であった。


 全てのことは主が司り、領地拡大も神が許されたのでできた業である。それを忘れてエジプトのファラオ・ホフラは、自分の力と思い 驕り高ぶった。これを滅ぼすため神様はアッシリアという新国をも使う。


祈り:

父なる天の神様、どうか私たちが驕ったものにならないよう、あなたの力を自分の力と勘違いしないように、日々導いて下さい。主なるイエスはご自分の命を捧げるほど謙り私たちを贖って下さった。感謝してイエス様のお名前により祈ります。アーメン

文: マッカーター政子


 
 
 

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