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2026年6月16日 エゼキエル書35章

hccnichigo
6月16日
読了時間: 3分

『ヤコブの兄エサウの子孫の住むセイルの裁き』


 エサウはヤコブの兄で、ヤコブに長子の権利を奪われた兄です、そして彼の子孫はエドム人となって、死海の南東に広がる地域、現代のヨルダン南部に住んでいました。

 有名な遺跡であります、ペトラの周辺地域も、古代エドムの領域でした。兄のエサウは、猟が好きで、毛深い男でした、そしてセイルというヘブライ語は、毛深いという意味があるそうです。


 実に、創世記や申命記でも、このエドムの地はエサウに与えられて申命記2章5節には、「彼ら(エサウの子ら)に戦いを仕掛けてはならない。わたしは彼らの地を、足の裏で踏むことさえも、あなたがたには与えていない。わたしはエサウにセイルの山を、彼の所有地として与えたからである。」このようにイスラエルの民に厳しく言い渡したのです。


 ところが、エドム人はイスラエルとは兄弟民族でありながら、イスラエルを憎んでいて、南王国ユダがバビロン帝国に滅ぼされた時に、逃げているイスラエルの民を助けるどころか迫害してしまったのでした。このエゼキエル書5節「おまえはいつまでも敵意を抱き、イスラエル人の災難の時、すなわち彼らの最後の刑罰の時、彼らを剣の力に引き渡した。」これが理由で、セイルの地は裁かれることになったのです。聖なる民、たった一人、アブラハムから育て上げたイスラエルの民は、確かに偶像礼拝に陥ったり、神に背いたことで裁かれるのですが、聖なる民であること、父なる神に愛されていることに変わりはありません。これはまさに放蕩息子の話にありますように、イスラエルが、父なる神のもとに戻ってくるのを今か今かと待っておられる主の気持ちを表しているのでしょう。その放蕩息子であるイスラエルは、お灸をすえられるのですが、愛されていることには変わりないので、その息子に敵対してしまったエドム人は、彼ら自身が血を憎むことがなかったので、その血がおまえを追いかけると主によって裁かれるのです。


 こうして、エドム人は徐々に衰退して、やがてユダの南方地域に移住して、ギリシャ語でイドマヤ人と呼ばれるようになって、ユダヤ人と同化してゆきます。そして有名なのが、イドマヤ人であるヘロデ大王なのです。そう考えると、ヘロデ王、エサウの子孫が、ヤコブの子孫で救い主イエスの誕生を恐れ、妨害しようとしたことは、祖先からの流れがあったことが分かります。実に紀元70年にエルサレムがローマによって陥落してから以降は、エドム人、もしくはイドマヤ人は、独立した民族としては消え去ってしまっていることは、このエゼキエルの預言通り、14節「神である主はこう言う。全地が喜ぶほどに、わたしはおまえを荒れ果てさせる。」なぜなら、そのとき15節b「わたしが主であることを知る」


祈り

 たとえ主の愛する民、イスラエルが間違っている道を歩いていたとしても、神が愛する民で、将来は世界の救いを導く、祭司としての役割を果たすことになることは、神の御心でありましょう。どうか、イスラエルが主イエスを救い主として、受け入れることができますように。アーメン 

文:森 宗孝


 
 
 

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