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2026年3月5日 ヤコブの手紙2章

hccnichigo
3月5日
読了時間: 2分

「信仰がその行いとともに働き、信仰は行いによって完成されました。」22節


「人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことが分かるでしょう。」24節         

  

 信仰とは、頭だけでなく、行動そのものでイエスの信頼を表していかなければ私たちはいつまでたっても霊的に成長することはないのです。聞くだけでなく、行動することが、本物の信仰です。


 イエス様のことを思うときに示されます。私たちの優れた教師であられるイエス様のことをただ頭だけでなく、教えられたことを行動で表していかなければ私たちはいつまでたっても霊的に成長することはないです。知識だけでなく、聞くだけでなく行動することが本物の信仰だと述べています。


 ヤコブ2章では、信仰の父と言われているアブラハムを例に挙げています。アブラハムの信仰は彼の人生の終わりまで持続するものでした。彼の信仰は、決して一時的なものではなく、彼の人生の終わりまで持続するものでした。本物の信仰とはこのように、一時的なものではなく持続時なもので、なおかつ成長を止めないものであると言われています。信仰の父であるアブラハムがまさにそのような信仰を持ち続けてきたのです。私たちが目指していく信仰のありかただと思います。


 ここの箇所を読んでいくと、神だけでなく人に対しても言えることだと思わされます。人を好きになること、人を信じると言うことなどは、口先だけのものであってはならないのです。その人を本当に好きなら、信じているなら行動を通じてでしか確かめることができないと言うことにつながっていくのです。

 

 ハレルヤ。主の御名を心よりほめたたえます。イエス様の教えをただ自分の知識だけに終わらさずに、絶えず実践していくことができますように、そして霊的成長を持続していくことができますように導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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