2026年3月6日 ヤコブの手紙3章
- hccnichigo
- 3月6日
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「私の兄弟たち。多くの人が教師になってはいけません。あなたがたが知っているように、私たち教師は、より厳しいさばきを受けます。私たちはみな、多くの点で過ちを犯すからです。もし、ことばで過ちを犯さない人がいたら、その人はからだ全体も制御できる完全な人です。馬を制するためには、その口にくつわをはめれば、馬のからだ全体を思いどおりに動かすことができます。また船を見なさい。あのように大きくて、強風を受けていても、ごく小さい舵によって、舵を取る人の思いどおりのところへ導かれます。同じように、舌も小さな器官ですが、大きなことを言って自慢します。見なさい。あのように小さな火が、あのように大きな森を燃やします。舌は火です。不義の世界です。舌は私たちの諸器官の中にあってからだ全体を汚し、人生の車輪を燃やして、ゲヘナの火によって焼かれます。どのような種類の獣も鳥も、這うものも海の生き物も、人類によって制することができ、すでに制せられています。しかし、舌を制することができる人は、だれもいません。舌は休むことのない悪であり、死の毒で満ちています。私たちは、舌で、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌で、神の似姿に造られた人間を呪います。同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。私の兄弟たち、そのようなことが、あってはなりません。泉が、甘い水と苦い水を同じ穴から湧き出させるでしょうか。私の兄弟たち。いちじくの木がオリーブの実をならせたり、ぶどうの木がいちじくの実をならせたりすることができるでしょうか。塩水も甘い水を出すことはできません。
あなたがたのうちで、知恵があり、分別のある人はだれでしょうか。その人はその知恵にふさわしい柔和な行いを、立派な生き方によって示しなさい。しかし、もしあなたがたの心の中に、苦々しいねたみや利己的な思いがあるなら、自慢したり、真理に逆らって偽ったりするのはやめなさい。そのような知恵は上から来たものではなく、地上のもの、肉的で悪魔的なものです。ねたみや利己的な思いのあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行いがあるからです。しかし、上からの知恵は、まず第一に清いものです。それから、平和で、優しく、協調性があり、あわれみと良い実に満ち、偏見がなく、偽善もありません。義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。」
舌の危険性とその力、そして地上の知恵と上からの知恵についての教えが語られています。舌は、からだ全体から見れば小さな器官ですが、大きな影響力を持ち、それを完全に制御する人はだれもいない、と書かれています。ここで「舌」と訳されている言葉はギリシア語の「グロッサ」という言葉だそうです。そこには、からだの一器官と言う意味だけでなく、話し方や評価、教え、共同体内での発言を含んでいるそうです。心と舌は密接につながっていて、制御が難しい。だから多くの人が教師になってはいけない、とヤコブは警告を発しています。ケニアで2023年に起きた集団餓死事件はまさしくそのことを物語っているのではないでしょうか。餓死すればイエスに会えるという指導者の教えを信じた何百人もの信者が命を落としたといいます(デイリーブレッド2026年2月2日参照)。ヤコブは舌の影響力、そしてその破壊力について警告を発した後、地上の知恵と上からの知恵について語ります。義の実を結ぶ種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれます。主の平和が私に在るように、私自身もまた、平和のための言葉を発する者になりたいと願います。
祈り:愛する天のお父さま。私の舌も、心の在り様によっては凶器となることを再認識いたしました。みことばによって導いてください。どうか聖霊様によって、平和をつくることばを発する者とさせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
文:アイゾン直子

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