top of page

2026年2月22日 ヘブル人への手紙4章

hccnichigo
2月22日
読了時間: 2分

「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。」15節


「ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」16節


 なんという素晴らしい私たちへの力強いみことばでしょうか。イエス様は、私たちの弱さに同情できる方で、人間として私たちと同じように試みにあわれたのです。そのお方の助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか、と呼びかけているのです。それによって私たちは神の安息に入ることができるのです。


 前の3章では、不従順のものたち(イスラエルの民)が安息に入れなかったのは、不信仰のためであったことが記されていました。しかし、4章では、神をおそれる心を持ち、みことばを聞いた人たちが信仰によって結びつけられていくことによって神の安息に入ることができると述べています。


 なぜなら、「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。」と12節で語っています。


 神の前では私たちは無に等しいものです。ですから、神の前に大胆にありのままの自分をさらけ出すことです。そして、聖書のことばは自分に語られたものだと言うことを信じていくその信仰が私たちも神の安息に入らせてもらえる道へつながっていくものだと思わされます。神は、再び語られています。


「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。」7節


 愛する天の父なる神さま。御名をほめたたえます。私の心が頑なになってきたらどうぞ私に何度でもあなたの御声を聞くことができるようにして下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年10月14日 マタイの福音書27章

マタイの福音書27章の1節の始まりは、祭司長達と民の長老達全てが イエス様を死刑にする相談する場面から始まります。正にイエス様の苦難の道がこれから始まることを暗示していると思います。私達もそう感じることが出来るのではないでしょうか。とうとうイエス様は縛られて、彼らに捕らわれてしまいます。それは銀貨30枚を受け取ったユダの裏切りから始まったのです。ユダは自分がイエス様を罪に定めた事を知り、後悔して銀

 
 
 
2026年10月12日 マタイの福音書25章

『羊とやぎ』  天の御国を主が、またもたとえ話で説明をされている箇所です。最初にでてきます十人の娘たち、五人は油を切らしてしまって、さいごには婚礼の宴、天の御国に入れない。次に良いしもべ、自分に渡されたタレントを増やす、自分の賜物をよく使ったしもべと、地の中に隠して賜物を使わなかった悪いしもべのたとえ話ですが、要点は、どちらも両方とも主を慕う者たちを表していると思うのです。油、つまり聖霊を切らして

 
 
 

コメント


bottom of page