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2026年1月5日 イザヤ書26章

  • hccnichigo
  • 1月5日
  • 読了時間: 3分

『霊を生き返らせます』


 この章のはじまりに「その日」とあります。イザヤ書の他の章からも、その日とは「主の日」救い主が地に来られる日と読んで間違いないようです。主の日には、主を慕う者、正しい道を歩む者は、全き平安(シャローム)のうちに守られる。しかしながら主に逆らう者は火でなめ尽くされると、主の救いと同時に裁きが行われるのが、主の日と理解しています。救いと同時に裁きも下される、神は聖なるお方ですから、この地に神としておいでになられる時、光の神ですから、罪、悪、暗闇は光に照らされることになってしまいます。ですから、この地にまず人としておいでになったのは、私たちが神に背いてしまっている事、罪人であることを理解して、悔い改めるように、福音を通じて世界中の人が主イエスが救い主であることを、信じるようにとの、神の愛の現れでありました。この福音が、すべての国々にそれぞれの国語で伝わりますと、光の神としての再臨の時期が迫ってくるのではないでしょうか。


 その日には、3節「志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます」そして10節「悪しき者は、恵みを受けても義を学びません。公正の地にあっても不正を行い、主のご威光を見ようともしません。」この事が起こるのが、きっと千年王国の時代なのでしょう、主イエスが来られて王としてこの世を統治するのですが、この世には、主イエスを支えてすでに永遠の身体を持った信者たちもいれば、生身の人間で、まだ信仰に至っていない者たちも一緒にいる、そのような混合した世である、千年王国の最後に、再びサタンが解き放されて、悪しき者たちも一斉に蜂起して、彼らには最後の審判が下される。


 そのような時に、19節a「あなたの死人は生き返り、私の屍は、よみがえります。」神を信じ、主イエスを信じた者たちで、すでにこの世を去ってしまった者たちも、よみがえることが記されています。復活がここにはっきりと描かれているのです。イザヤは紀元前750年前頃の人ですから、主イエスを幻では見た事と思います。処女が男の子を産み、その名をインマニュアル(神はわれらとともにおられる)と呼ぶと、救い主が現れる預言をしてはいますが、彼自身は主イエスに会ったことはありません、しかし、私たちも未だ経験することのない将来の主の再臨、私たちのよみがえりまで、遠い将来を見ている預言者であります。


祈り

今年の願いは、イザヤ書の聖書の学びを行いたいと思っています。ウェスト・オアフ教会では月に1〜2回水曜日の学びがあり、自分自身が大きな恵みを得ていることに感謝していますが、ぜひHCCでも、また聖書の学びができますように!。ぜひ、主のおしえを喜びとし 昼も夜も、そのおしえを口ずさむ者となりたいです。 アーメン 

文: 森 宗孝


 
 
 

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