2026年1月16日 イザヤ書37章
- hccnichigo
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「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、万軍の主よ。ただ、あなたがだけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセンナケリブのことばをみな聞いてください。主よ。アッシリアの王たちが、すべての国々とその国土を廃墟としたのは事実です。彼らはその神々を火に投げ込みました。それらが神ではなく、人の手のわざ、木や石にすぎになかったので、彼らはこれを滅ぼすことができたのです。私たちの神、主よ。今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、あなただけが主であることを知るでしょう。」(1‐20)
この章の舞台は南王国です。世界最強の王国アッシリアがエルサレムに侵入しようとしていました。そのような緊急時に、ヒゼキヤがまずしたことは、軍事会議ではなく、祈りでした。彼の祈りを受けて主は、エルサレムを守り、救うと約束されました。そして約束通り、アッシリアの陣営は主の使いによって滅ぼされ、その後、アッシリアの王は彼の息子たちに殺されました。
ヒゼキヤの姿から、「すべてのものが神から発し、神によって成り、神に至るのです」(ロマ11:39)というみことばを思い出しました。彼は、いかにアッシリアが強大であっても、彼らでさえ神の支配下にある存在であり、歴史は神が造られるということを知っていました。ヒゼキヤは一国の主として、国そのもの、そして当時推定11万から13万いたと言われる国民の行く末を、主に委ねました。私たちにもそのような大胆な信仰があるでしょうか。問題発生=ミーティングというのがこの世的な解決方法ではないかと思います。解決策が見えない時こそ、まずその問題を主に委ねる者でありたいと思います。
「主があなたがたのために戦われるのだ。あなたがたは、ただ黙っていなさい」(出14:14)。
人の言葉より神のみことばに信頼する者でありたいと願います。
祈り:愛する天のお父さま。あなたの御名をあがめます。すべてを支配しておられるあなたに、私の内にあるすべての事をお委ねいたします。それらは、私があなたを求めることを止めないために与えられているのだと信じて、感謝いたします。私のような者の祈りでさえ、聞いてくださっている主に、心から感謝いたします。主イエス・キリストの御名によって感謝してお祈りいたします。アーメン
文:アイゾン直子

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