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2026年1月15日 イザヤ書36章

  • hccnichigo
  • 2 日前
  • 読了時間: 2分

 イザヤ書36章は、ユダにアッシリアという国の将軍でラブ・シャケという人が攻撃してきた時、ユダの王ヒゼキヤがどのようにしてそれに対処し、又、ユダが奇跡的に救われ、守られたかという出来事です。


 ラブ・シャケという将軍は実に言葉巧みにユダの人々に挑んできた。彼の発する言葉は、ある反面自分にも問われるところがある。それは4節の御言葉である。


「いったい、おまえは何に拠り頼んでいるのか。」4節


 私たちが苦難の中にいる時に自問自答させられることではないでしょうか。私たちはそのようなときに何を信頼するのか、人を信頼するのか。私たちが拠り頼めるべきお方はただ主だけであります。目の前の問題を抱えた時に、主を呼び求め、主に拠り頼んで自分の無力であることを素直に告白すれば、主は私たちを助けてくださる用意をしてくださると信じていくことだと思います。


 ラブ・シャケの執拗な言葉は続きます。

「ヒゼキヤにごまかされるな、ヒゼキヤの言うことを聞くな、主がエルサレムを私の手から救い出せるとでもいうのか。」等々と。そのことに対して、ユダの民は黙って、彼に一言も答えなかったと記されています。そこまで言われたらすぐに反論したくなる私たちだと思います。しかし、彼らは沈黙を通したのです。なぜなら、彼らは王の命令に従ったのです。


「彼に答えるな」というのが、王の命令だったからです。21節(抜粋)


 ある牧師は、悪魔の攻撃に対抗する一番の解決方法は沈黙を守り通すことだと言われています。黙って一言も答えないで、全く相手にしないことだということです。悪魔は私たちが相手にすることを待って常に問題をおこそうとするのです。人と人の喧嘩などもそうではないでしょうか。しかし、忍耐にかけている自分にとって沈黙を守るということは大きなチャレンジであります。


 

 天の父なる神様。今日の御言葉を感謝します。

私たち人間は弱い者です。私たちが拠り頼べることのできるお方は、人や物ではありません。主なる神であるあなただけです。どんな時にも、あなたを呼び求め、あなたに信頼していくことができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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