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2026年1月11日 イザヤ書32章

hccnichigo
1月11日
読了時間: 2分

「しかし、ついに

 いと高き所から私たちに霊が注がれ、

 荒野が果樹園となり、

 果樹園が森と見なされるようになる。」15節


「公正は荒野に宿り、義は果樹園に住む。」16節


「義が平和をつくり出し、義がとこしえの平穏と安心をもたらすとき、」17節


「私の民は、平和に住まい 安全な家、安らかな憩いの場に住む。」18節


 イザヤ書32章は31章に続く第五の警告が書かれています。その警告とは、神を認めない道を生きるのか、それとも、神に従って救いの道を生きるのかということです。しかし、神は救いの道をも用意してくださっているという希望のメッセージも語っています。

 16節の「義」とは、イエス・キリストを指しています。その義がもたらす平穏と信頼は一時的なものではなく永遠のものであることから、その義は自分の義ではなくキリスト・イエスを信じる信仰によって与えられる神の義であると言われています。はっきりとイエス・キリストの救いが示されている新約の時代に生きることがなんと幸いなことでしょうか。私たちは、今、新約の時代に生かされています。旧約の聖書を読むたびに、その歴史を紐解いていくたびに思わされることであります。だが、そこから千年王国まではどれくらいあるのか誰も知りませんが、今キリストを受け入れた私たちクリスチャンは、祝福を得られるということを確信していくことです。

 永遠なる神の義を求める時に、私たちの信仰が強められ、平安が得られ、神との関係、人との関係が成就されていくのです。



 愛する天の父よ。御名をほめたたえます。私たちは、イエス・キリストの十字架の血潮によって救われました。それが新約の時代に生かされていることに心から感謝します。この時代において常に神の義を求め続いていくことができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

 
 
 

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