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2026年3月1日 ヘブル人への手紙11章

  • hccnichigo
  • 3月1日
  • 読了時間: 2分

「さて、信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」1節


「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、その結果、見えるものが、目に見えるものからできたのではないことを悟ります。」3節


 ヘブル人への手紙11章は、信仰によっていきた人々の実例を旧約聖書から取り上げています。見えないものに信頼していった、アベル、エノク、ノアたちの信仰が述べられています。見えない神を喜ばせるささげ物をしたアベル、神に喜ばれて生きたエノク、見ていない事柄を信じて箱舟を造ったノア、アブラハムは、神の命令で相続財産として受け取るべき何処かも知らない地に出て行きました。モーセの信仰は、見えない神を信じて、民を約束の地に導いて行きました。そして、また、ダビデやサムエルたちの苦しめられた信仰の姿を述べています。11章で挙げられている旧約時代の代表的な人々は、神がもっともすぐれたものを用意しておられるのに出会うことがありませんでしたが、彼らは神さまの約束を信じて、その信仰を失なうことがありませんでした。


 新訳時代に生きる私たちは、神が用意しておられた神の御子イエス・キリストの贖いを見ることができるすばらしい恵みをいただいています。感謝なことであります。未来に起こることは誰も目で見ることはできませんが、神が約束してくださった聖書が確かなものであると言うことを信じていくことが、目に見えないものを確信していく信仰を持ち続けていくことができるのではないかと言うことを示されました。


 主の御名をほめたたえます。

 愛する天の父なる神さま、今日の聖書のみことばを感謝します。私たちに目に見えないものを確信していく信仰を持ち続けていけるように助けて下さい。今年もこのレントの期間中にイエス様の十字架は私たちにとって何を意味しているのかをしっかりと受け止めていくことができますように導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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