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2026年11月3日 ゼカリや書8章

hccnichigo
2 時間前
読了時間: 3分

『多くの民がエルサレムで主を尋ね求める』


 イスラエル建国の歴史を見ると、そこに神の御手が働いていたことを確信せざるを得ない。2千年近く世界中に離散していたユダヤの民、それぞれがその国で、ユダヤ人としての伝統と信仰を守り続けて、1948年5月14日 第二次世界大戦でのホロコーストを経て、イスラエル国家として、再度歴史に登場してきた、このような奇跡の国は、世界中、どこにもない国である。


 この8章では、バビロン捕囚から解放されたユダヤの民が、エルサレム再建をする様子だけでなく、万軍の主が再びエルサレムのただ中に住まれるメシア王国をも預言している。8節「彼らを連れ帰り、エルサレムのただ中に住まわせる。このとき、彼らはわたしの民となり、わたしは真実と義をもって彼らの神となる。」この預言は1948年にも実現した預言とも見ることができます。


 しかしながら、まだ万軍の主であるイエス・キリストがエルサレムのただ中に住まわれるところまでは行っていないのです、なぜなら現在のイスラエルは、主イエスを信じていない状態が続いているからです。


 さて、この中で理解困難な箇所は19節にあります。「第四の月の断食、第五の月の断食、第七の月の断食、第十の月の断食は、ユダの家にとって、楽しみとなり、喜びとなり、うれしい例祭となる。だから、真実と平和を愛しなさい。」実はこれらの日には、バビロンによって、エルサレムの城壁が壊され、神殿が破壊されたり、エルサレムが包囲された日だったのです。このようなエルサレムの滅亡のための喪の断食が、エルサレムが回復される喜びの日に変わるという約束です。


 そればかりが、主がエルサレムの中に共に住まわれるので、多くの国の民が、エルサレムで万軍の主イエスを尋ね求めて来る、ユダヤ人に、私たちもあなたがたと一緒に行きたい。神があなたがたとともにおられるから、と言うようになると、まだ起きてはいませんが、将来、かならず起こることをも預言している箇所です。残念ながら、今では世界中のクリスチャンが聖地である、エルサレムを尋ねて来ているものの、ユダヤ教のユダヤ人たちは、冷ややかに、クリスチャンたちを見ながら、あなたたちは信じたいものを信じれば良い、私たちは違うという雰囲気なのですが、これがやがて一緒になって主イエスを礼拝することになると確信しています。


祈り

私たちは主イエスを待ち望みます、やがて多くの兄弟たちと一緒になって、聖なるエルサレムに向かって行く日が来ることを待ち侘びます。その日が私たちの楽しみとなり、喜びとなり、うれしい例祭となります。アーメン 

文:森 宗孝


 
 
 

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