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2026年10月27日 ゼカリヤ書1章

hccnichigo
3 日前
読了時間: 3分

『第一、第二の幻』

 

 この 預言者ゼカリアは幻の預言者で、これから起ころうとしているエルサレム神殿再建の出来事、ユダの民を励まして、工事を再開させるだけでなく、未来に訪れる万軍の主、救い主の希望、メシアの来臨(初臨も再臨も含めて)も幻の中で見た預言者です。ゼカリアの名前は、主は覚えられるというヘブル語の意味で、神殿再建もメシアの来臨も必ず主が覚えておられるということであると思えます。


 この1章には、悔い改めれて、立ち直り、神殿を建設すれば、万軍の主が祝福してくださり、神殿に戻ってくださることが強調されています。この悔い改めて、主に立ち返れば、主が私たちと共にいてくださるという主の恵みは、実に今でも脈々とクリスチャンの信仰の中に流れ続けているのです。


 さて、ゼカリアは幻を見るのですが、どうやらいくつもの幻を一晩のうちに見たようです。1章7節「ダレイオスの第二年、シェバテの月である第十一の月の二十四日」とその日が描かれています。調べるとこれは、恐らく紀元前519年2月15日であろうとのこと、バビロン捕囚から解放されて間もない頃でありました。第一の幻は、万軍の主、御子イエスが受肉前に馬と共に現れたと考えられます。赤い馬、そのうしろに赤毛や栗毛や白い馬がいて、万軍の主が16節「わたしは、あわれむをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。」と宣言されています。この馬には、この地を巡って主のために全地の様子を評価する主に遣わされた者とされています。黙示録6章にも馬が出てきますので、なんらかの関連はあると思います。


 次に見る第二の幻には18〜19節に、四つの角を見るのですが、恐らくこれは、ユダとイスラエル国家を散らした角とありますので、バビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、もしくは北王国イスラエルを滅ぼした、アッシリアから始まるのかもしれませんが、主が聖なる民として選ばれた、ユダヤ民族を、この角である帝国を使われて、罰したということでしょう、なぜなら万軍の主はエルサレムとシオンをねたむほど愛したから、かれらの背きからの立ち直りを求められたからです。これもまた現代の私たちに通じる主の愛であります、せっかく主イエスを信じたにもかかわらず、自我の思いにひっぱられ、この世と調子を合わせてしまったり、偶像礼拝に陥ってしまったりする罪人の私たちを、なんとか主のもとに、引き戻そうとされているのです。こうして、ユダヤ民族を散らした角である、国家はやがて主によって打ち滅ぼされることになっています。


祈り

私たちも、主イエスの十字架によって、聖なる民の一員として加えられたことに感謝致します。主は私たちが自我に引っ張られ、この世と調子を合わせやすいことをご存知で、助け主としての聖霊を送ってくださり、私たちを聖なる方向へと導いてくださっていることに感謝いたします。アーメン 

文:森 宗孝


 
 
 

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