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2026年10月19日 ハバクク書1章

hccnichigo
1 日前
読了時間: 3分

『なぜ聖なる神が世の暴虐を許すのか』


 恐らく預言者ハバククは南王国エホヤキム王の時代、エルサレム滅亡が間近な時期の紀元前600年ごろの預言者と言われています。そしてハバククは他の預言者と異なって、国家の危機の中で、今までの神のことばを預かる預言者ではなく、逆に神を非難する預言者でした。しかし、これは実に歴史が始まって以来、今日まで続いている人からの神への問いでもあります。人類の歴史においても、全く世界中のどこでも、戦争が無かった時代というのは、数える程しかないと言われています。なぜこのような悲惨なことが起こることを神は止めずにいるのか? 日本でも特に聞かれた個人的な質問ですが、その方は、長く幼稚園の先生をされていた奥様を癌で亡くされ、自分も地域に貢献する消防として身を捧げておられ、なぜ一生懸命に生きてきた私たちから、優しい妻を、正しい、聖なる神が召されたのか、何故ですかと涙ながらに問われたことを思い起こしました。それはハバククと同じく、なぜこの世の悲惨なことを許されるのかという問いであります。


 特に、ハバククの訴えは、ユダ王国の審判の器としてバビロニア帝国が起こされることを主によって示されたのですが、ハバククの訴えは、どうして不義を働くバビロニアが死刑の刃のように、ユダを裁くのか、もっと正しくない者が、自分達と比べても、すこしはましな者を裁くようなことを神は許されるのか、と神に怒りをぶつけているのです。いつまで、私たちの叫びを聞いてくださらないのですか。この争い事、いさかいのために、主のみおしえが麻痺して、正しい裁きが行われていないと嘆くのです。カルディア人(バビロン)という悪しき者が、自分より正しい者(ユダ)を呑み込もうとしているのに、助けないのですか。このような暴虐をなぜ聖なる神がお許しになっているのですかと、神につかみかかるようにしている預言者ハバククを見るのです。


 この預言者ハバククは、ヨブ記に似た議論、神の義とはということにつながっているようです。そして徐々に、ハバククは答えを得るというよりも、少し前進して、神のみこころにつながるようになってゆくのを見るのです。私たちは忘れてはいけません、エデンの園で、善悪の実を食べてしまって以来、すべて、私たちにとって何か善で、なにか悪かを判断してしまうようになったことを、神の善悪から、人の判断の善悪になってしまったのです。なぜ暴虐が許されるのか、聖書はこう語ります。

イザヤ書59章1節「見よ。主の手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて聞こえないのではない。むしろ、あなたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」ここに罪のよって向かう暴虐が世に存在する原因があるのかもしれません。


祈り

天にまします我らの神よ、どうか私の罪をきよめ、御顔を私から隠すことなく、恵みを与えてください。

主イエスは、この世の暴虐をも耐える力を与えてくださり、復活による希望へと導いてくださったことに感謝致します。アーメン 

文:森 宗孝


 
 
 

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