top of page

2025年9月19日 詩篇第137篇

  • hccnichigo
  • 9月19日
  • 読了時間: 2分

「バビロンの川のほとり そこに私たちは座り シオンを思い出して泣いた。街中の 柳の木々に 私たちは竪琴を掛けた。それは 私たちを捕らえて来た者たちが そこで私たちに歌を求め 私たちを苦しめる者たちが 余興に 「シオンの歌を一つ歌え」と言ったからだ。どうして私たちが異国の地で 主の歌を歌えるだろうか。エルサレム もしも 私があなたを忘れてしまうなら この右手もその巧みさを忘れるがよい。もしも 私があなたを思い出さず エルサレムを至上の喜びとしないなら 私の舌は上あごについてしまえばよい。主よ 思い出してください。エルサレムの日に 「破壊せよ 破壊せよ。その基までも」と言った エドムの子らを。娘バビロンよ 荒らされるべき者よ。幸いなことよ おまえが私たちにしたことに 仕返しする人は。幸いなことよ おまえの幼子たちを捕らえ 岩に打ち付ける人は。」

 

 この詩は、バビロン捕囚から帰還したユダヤ人たちが、捕囚時代の心情を表現した歌だと言います。捕囚は彼らの肉体的また精神的自由を喪失させました。彼らは柳の木に竪琴を掛け、シオン(エルサレム)を思い、泣きました。神の臨在がない捕囚(異国)の地で主を賛美することなど出来ず、主が住まわれた神殿を思い、泣きました。しかしこの詩人の心の中には、エドム人やバビロンに対する憎しみの感情が残っていました。彼らに仕返しする人は幸いだと詠いました。


 人間には感情があり、それらは常に揺らいでいます。この詩人も、自分の祖国を愛するがゆえの感情を、ありのままに神に告白しました。それは、たとえ良い人でも、人を呪うような言葉を吐くのだということを教えています。悪い思いに駆られる時、話すことが大切です。そうすることで、主イエスに愛されている自分自身に気づき、悪い思いを治す最良の薬となります。ただし、その悪い思いを長く保ってはいけません。それではサタンの策略に加担してしまいます。神は敵にも恵みを注がれるお方です。「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5:44)と主が言われるように、憎しみの感情に襲われたなら、告白しましょう。そして主の平安をいただいて、敵のために祈りましょう。

文:アイゾン直子


祈り:愛する天のお父さま。どんなときも、私を愛してくださり、ありがとうございます。主の恵みは絶えることがありません。あなたの十字架の愛に心から感謝いたします。あなたの平安を求めます。感情によって心が左右されないよう、お守りください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。


 
 
 

最新記事

すべて表示
2025年11月30日 雅歌8章

「封印のように、私をあなたの胸に、封印のように、あなたの腕に押印してください。愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しいからです。その炎は火の炎、すさまじい炎です。」6節  強い夫婦の愛が描かれています。これほどの献身さがあると夫婦の愛、結婚愛は壊れないのではないかと思います。同時に私たちも神との霊的な関係がこのように強くあれば決して信仰が揺るがされることはないということにつながっていきます。

 
 
 
2025年11月29日 雅歌第7章

ああ、人を喜ばせる愛よ。あなたはなんと美しく、麗しいことよ。(6)  花婿の花嫁に対する愛は1章から一貫してずっと変わらず、熱烈な愛を語っている。花嫁は最初の頃は、花婿から愛の言葉を受けながらも自分の外見を気にしていたり、自分も花婿への愛を表現していても、自分の都合で花婿を拒んで、その後慌てて探し回ってみたりと、愛に対して受け身で、不安定な印象だった。  そんな花嫁に、それでも花婿は花嫁の愛は、美

 
 
 
2025年11月28日 雅歌6章

先の5章の終わり辺りで、花嫁が花婿を突然見失った時、エルサレムの娘たちが「あなたの愛する方は、ほかの愛人より何がすぐれているのですか。」(5:9)と花嫁に質問をします。それに対して花嫁は、花婿がどんなに素晴らしい方であるかと褒めたたえ、はっきりと「これが私の愛する方、これが私の連れ合いです。」(5:16)と答えます。  さて6章はその続きです。最初花嫁がなぜそんなに必死になって花婿を捜すのか理解で

 
 
 

コメント


bottom of page