2025年8月8日 詩篇第95篇
- hccnichigo
- 8月8日
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1節「さあ 主に向かって 喜び歌おう。私たちの救いの岩に向かって 喜び叫ぼう。」
2節「感謝をもって 御前に進み賛美をもって 主に喜び叫ぼう。」
今朝、以前介護をしていた患者さんの、娘さんにでくわした。5年前に亡くなられた患者さんで重度の認知症であった。娘さんに対しても「どなたさんですか?」と時々質問。患者さんはいつもニコニコしている女性で、私は大好きだった。
本日の95篇を読み、この患者さんを思い起こし考えながら職場に歩いて来た。
私はほぼ毎日、歩いて通勤している。色々な人が通り過ぎる。若者はほぼ全員携帯電話をいじり、バスを待ってる人も眉間にしわ。道行く人々も険しい顔をしている。にこやかな人は一人もいない。皆んな、それぞれ日々の生活、生きるということに大変なのであろう。
思うにこの患者さんは、認知症で何が起こっているのかわからない状況であった。いつもニコニコしていて、もうすでに神様と一緒にいたのかもしれないなと考え、感謝でいっぱいになった。そういう時に彼女の娘さんに出くわしたことで「なんてにくいことを神様ってば、してくれるんでしょ」なんて一人でニヤニヤしながら考える私だった。
天の父なる神様、
喜べない現実、そして不条理に満ちた世の中があります。それでも、あなたは「いつも喜んでいなさい。(Iテサ5:16)」と言われる。つらい時こそ、この詩人のように神様に叫びながら賛美したい。涙が賛美にそして将来の希望と恵みにかえられることを私たちはもう知っているのだから。主よ、あなたを待ち望みます。日々の生活を守って下さり感謝です。脳裏に浮かんでくるお一人お一人を思い起こし、それぞれに平安があるように、感謝して主イエスキリストの御名により祈ります。アーメン
文: マッカーター政子

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