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2025年8月5日 詩篇第92篇

  • hccnichigo
  • 8月5日
  • 読了時間: 2分

『年老いてもなお、実のる』


 主の家に植えられ 私たちの神の大庭で花を咲かせます。と13節にはありますが、なんだか、そのイメージが湧いて来る詩篇です。 そして14節「彼らは年老いてもなお 実を実らせ 青々と生い茂ります」とは嬉しいことばですね。年老いて、どちらかと言うと枯れるのが普通ですね。確かに頭の中は、バスケットを楽しんでいた、若い頃の昔と同じで変わったようには思わないのですが、孫娘たちと一緒に練習でもすると、身体が思ったように動かない自分がいます。身体がポンコツになってくるのですね。 そのような中に、クリスチャンとなって主を愛する者は、年老いてもなお、実のると約束されることには、夢が広がります。


 ハワイに移り住んだ4年前には、知り合いも少なくて、妻と共にこれからどうなることやらと思ったりしましたが、色々な機会に、神の家族として多くの友人ができたことに感謝しております。そしてそのような中には、何人もの人生の先輩もおられるのですが、みなさんが枯れるどころか、ご主人に先立たれて、一人暮らしをされていても、笑顔と優しさで包まれていることが印象的です。主の家に植えられているのですね。

 

 しかしながら、未だ主を知らない方で、英語もできずに、頼れる子供もおられずに一人暮らしで、不安の中で暮らして、笑顔の無い方もおられるのも事実です。朝に、夜ごとに、主に感謝し花のように咲いている人生には、喜びが絶えません。

繰り返しましますが、14節「彼らは年老いてもなお 実を実らせ青々と生い茂ります」なんとうれしい主のみわざでしょう。


祈り

 どうか、私たちの人生も、主の庭に植えられ、大庭で花咲く者とされますように、未だ主イエスを知る喜びを知らない方々に、主を示す機会が与えられ、喜びを共にすることができますように、導き下さい。 アーメン 

文: 森 宗孝


 
 
 

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