top of page

2025年8月2日 詩篇第89篇

  • hccnichigo
  • 2025年8月2日
  • 読了時間: 2分

「私は 主の恵みを とこしえに歌います。あなたの真実を代々限りなく私の口で知らせます。」 (1)


 詩篇89篇は、神の恵みと真実を高らかに賛美する喜びの言葉から始まります。しかし途中から状況が大きく変わっていきます。かつて栄えたダビデ王朝が今は打ち倒され、人々に侮られ、王の冠が地に落ちたような現実を目の当たりにしているのです(39〜45)。


 神さまはかつて、ダビデとの契約を通して「その王位はとこしえに堅く立つ」と約束されました。神さまがダビデに与えた約束が、まるで取り消されたかのように見える状況に、エズラフ人エタンは、神さまに向かって率直に問いかけ、嘆きの叫びをあげるのです。


「いつまでですか。主よ。あなたがどこまでも身を隠され あなたの憤りが火のように燃えるのは。」(46)


 しかしこのような状況でも、エタンは、詩篇の最後で神を賛美する言葉で締めくくるのです。


「主は とこしえにほむべきかな。アーメン、アーメン。」(52)


 私は、物事がうまくいっていないとき、「神さまの約束はどこにあるのか」と感じることがあります。祈っても状況が変わらず、願っても応えられないように思えるとき、「本当に神さまは共にいてくださるのだろうか」と心が揺れることもあります。けれど、そんなときにこそ、エタンのように、問いや嘆きが心の中にあっても、「主は とこしえにほむべきかな」と言い切る信仰を選びたいものです。


 神さまの約束が見えないときでも、それが破棄されたわけではなく、むしろ隠されたご計画の中で働かれてるということだと思います。 神さまの応答は、私たちの時間軸とは違うリズムで、私が期待するタイミングではなく、神さまの最善な時なのです。 私は、後から振り返ったときに、「やはり神さまは祈りに応えてくださっていた」とわかる日を楽しみにしたいと思います。



愛する天のお父さま 

 たとえあなたの約束が見えなくても、私はあなたの真実を信じます。今、目に見える現実がどれほど厳しくても、あなたの恵みはとこしえにあります。不安ではなく、信仰を選び、迷いではなく、信頼をもって歩めますように。

 イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年2月6日 イザヤ書58章

「精一杯大声で叫べ。角笛のように声をあげよ。わたしの民に彼らの背きを、ヤコブの家にその罪を告げよ。このわたしを、彼らは日ごとに求め、わたしの道を知ることを望んでいる。義を行い、神の定めを捨てたことのない国のように、彼らは正しいさばきをわたしに求め、神に近づくことを望んでいる。『なぜあなたは、私たちが断食したのに、ご覧にならず、自らを戒めたのに、認めてくださらないのですか。』 見よ。あなたがたは断食

 
 
 
2025年12月30日 イザヤ書20章

『アッシリア帝国』  ハワイで暮らしていますと、日本での師走の雰囲気は全く感じられませんね。でも今年はNHKを自宅のTVで見れるので、紅白歌合戦などをしばらくぶりに見ようとしていますが、みなさんは、2025年を振り返って、いかがでしたか? 来年の抱負は、どのような希望がありますか?   さて、この20章の背景は、恐らく紀元前711年頃 ユダ王国のヒゼキア時代に、パレスチナのペリシテ都市アシュドドが

 
 
 
2025年12月29日 イザヤ書19章

『エジプトへの宣告』  いよいよ、AD(アノ・ドミノ 主の年)2025年が終わり新しい一年を迎えようとしていますが、どのような年になるのか。楽しみでもありますが、同時に不安も混ざった年のように思います。  さて、この19章にある、エジプトの歴史をほどくと、確かにイザヤの時代、紀元前7世紀頃では、書かれている通りに、エジプト内部の権力争いが激しかったので、外国勢力である、クシュ人、アッシリアの介入が

 
 
 

コメント


bottom of page