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2025年7月18日 詩篇第74篇

  • hccnichigo
  • 2025年7月18日
  • 読了時間: 2分

「神よ なぜ いつまでも拒み 御怒りをあなたの牧場の羊に燃やされるのですか。どうか思い起こしてください。昔 あなたが買い取られ ゆずりの民として贖われた あなたの会衆を。あなたの住まいであるシオンの山を。あなたの足を 永遠の廃墟に踏み入れてください。」(1‐3)


「神は 昔から私の王 この地において 救いのみわざを行う方。」(12)


「昼はあなたのもの 夜もあなたのもの。あなたは月と太陽を備えられました。あなたは 地のすべての境を定め 夏と冬を造られました。」(16‐17)


「主よ どうか 心に留めてください。」(18)


「あなたの悩む者たちのいのちを 永久に忘れないでください。どうか 契約に目を留めてください。地の暗い所は 暴虐の巣ですから。虐げられる者が 辱めを受けて帰されることがなく 苦しむ者 貧しい者が 御名をほめたたえますように。神よ 立ち上がり ご自分の言い分を立ててください。愚か者が休みなくあなたをそしっていることを。心に留めてください。忘れないでください。あなたに敵対する者の声が あなたに向かい立つ者どもが 絶えず上げる叫びを。」(19‐23)


 ソロモンが建てた神殿は、バビロン軍によってことごとく滅ぼされました。それを目の当たりにした作者はその様子を「永遠の廃墟」と表現しました。当時のユダヤ人にとって神殿は礼拝をささげるための神聖な場所であり、民族性を表す象徴でもあったと言います。それが崩壊したということは、生きる意味を失くしたのと同じことでした。しかし、そのような絶望の中でも、民は神の約束を信じて、主の介入を待ち望みます。主のゆずりの民とされたイスラエルの民と同様に、私たちも今や、イエス・キリストにあってその枝に連なる者とされました。その最たる祝福とは、神の御前にて祈ることが出来ること、更には、その祈りを神が聞いてくださるということではないでしょうか。



祈り:愛する天のお父さま。私のような罪深い者が、キリストの血によってきよい者とされ、主の御前にて祈りをささげる特権に与りましたことを感謝いたします。絶えず祈ることの大切さを学びます。どのようなことも正直に御前に告白して、苦しみや悲しみが喜びに変えられていきますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

文:アイゾン直子


 
 
 

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