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2025年4月23日 エペソ人への手紙2章

  • hccnichigo
  • 2025年4月23日
  • 読了時間: 2分

 エペソ書は、恵みに満ちた書簡です。

「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(8、9)


 この御言葉は、まさに福音(良い知らせ)です。「どうしたら救われますか?」この問いは人類にとって最も根源的な問いかけです。もしそこに人間の業が救いの根拠とされるなら、それは福音とは言えません。逆に「悪いニュース」となってしまいます。

 なぜなら救いの根拠が人間の業に置かれてしまったら、できる人とできない人が必ずいるからです。そして人間は自分の業で自分を救うことはできないのです。救いの根拠は人間の「行いによるのでない」のです。


 すべての人を救うために、神は「恵みのゆえに、信仰によって救われる」ことにしたのです。恵みとは、神が人を救うということです。その救いを受け入れることが信仰ということです。

 救いは、神からの「賜物」(ギフト)なのです。そのギフトを感謝を持って受け入れることが信じるということなのです。

 

 さらに「敵意は十字架によって滅ぼされた。」(16)と記されているように、恵みのゆえに信仰によって救われた者たちは、敵意が滅ぼされ一致するように導かれるのです。この世は分断に満ちています。本来一つであるはずの夫婦、親子、家族、そしてこの社会が、分断し争いお互いに傷つけ合っています。

 しかし聖書には「キリストこそ私たちの平和です。」(14)と記されています。イエスを信じた者たちに、このキリストの平和が与えられるのです。


 私たちは、恵みにより信仰によって救われた者として、このイエス・キリストの平和を宣べ伝え、また証していきたいと心から願います。 


天の父なる神さま

 私たちを恵みによって信じることによって救ってくださったことを感謝します。この恵みに感謝しつつ、キリストの平和をこの地に実現するために、私たちを用いてください。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

文:関真士


 
 
 

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