top of page

2025年3月6日 ヨブ記2章

  • hccnichigo
  • 2025年3月6日
  • 読了時間: 3分

 ヨブ記2章は、1章に続いて主とサタンの対決です。主に従順であればあるほどサタンも攻撃してきます。


 3節(一部抜粋)で、主がサタンに言われています。

「彼のように、誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない。彼はなお、自分の誠実さを堅く保っている。おまえは、わたしをそそのかして彼に敵対させ、理由もなく彼を呑みつくそうとしたが。」


 しかし、サタンも引き下がることなく4節(一部抜粋)で、「皮の代わりは、皮をもってします。自分のいのちの代わりには、人は財産すべてを与えるものです。」そのことは、わかるような気がします。私も子供がひどい病気になった時にはありとあらゆることをしてきたことがありました。ある偶像礼拝に藁をもつかむ思いで入会したこともありました。もしもその時に、イエス様が群衆の群れにおられたら、私も長血を患っていた女性と同じく子供と共にイエス様の衣の裾のボンボンに触っていたことだろうなという思いが重なってきました。余談になりました。


 サタンは5節でさらに主に言いました。「しかし、手を伸ばして、彼の骨と肉を打ってみてください。彼はきっと、面と向かってあなたを呪うに違いありません。」どうにかしてヨブを主から離そうと必死になっています。そして、主は6節でサタンに言われた。「では、彼をおまえの手に任せる。ただ、彼のいのちには触れるな。」


 ヨブはサタンによって悪性の腫物となってしまいました。そのヨブの苦しい時に彼の妻は、「神を呪って死になさい。」と言ったのである。10人のわが子たちを失い、又、多くのものを失ってしまって、挙句の果てに自分の夫が悪性の腫瘍で苦しんでいるのをみるのが耐えられなかったのでしょう。「一緒に主に祈りましょう。」の一言も言えなかったのではないでしょうか。その時にヨブが妻に言ったことは、「私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか。」でした。実に頭がさがるヨブの信仰です。


 三人の友もヨブの所に来てくれて、7日7夜ヨブのそばに座ってくれていたのです。なんと素晴らしいことでしょう。他者が苦しみ悲しんでいる時には言葉はいらないのです。一緒にいてくれることが大きな慰めとなるのです。私たちもそういうふうになれて、そういう友が与えられたらいいですね。



 主を崇めます。今日の御言葉を心から感謝します。信仰がいつも揺らぐ弱い者です。どうぞヨブのように誠実で直ぐな心をもち、神を畏れて悪から遠ざかっていくことができますように導いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン



 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年2月6日 イザヤ書58章

「精一杯大声で叫べ。角笛のように声をあげよ。わたしの民に彼らの背きを、ヤコブの家にその罪を告げよ。このわたしを、彼らは日ごとに求め、わたしの道を知ることを望んでいる。義を行い、神の定めを捨てたことのない国のように、彼らは正しいさばきをわたしに求め、神に近づくことを望んでいる。『なぜあなたは、私たちが断食したのに、ご覧にならず、自らを戒めたのに、認めてくださらないのですか。』 見よ。あなたがたは断食

 
 
 
2025年12月30日 イザヤ書20章

『アッシリア帝国』  ハワイで暮らしていますと、日本での師走の雰囲気は全く感じられませんね。でも今年はNHKを自宅のTVで見れるので、紅白歌合戦などをしばらくぶりに見ようとしていますが、みなさんは、2025年を振り返って、いかがでしたか? 来年の抱負は、どのような希望がありますか?   さて、この20章の背景は、恐らく紀元前711年頃 ユダ王国のヒゼキア時代に、パレスチナのペリシテ都市アシュドドが

 
 
 
2025年12月29日 イザヤ書19章

『エジプトへの宣告』  いよいよ、AD(アノ・ドミノ 主の年)2025年が終わり新しい一年を迎えようとしていますが、どのような年になるのか。楽しみでもありますが、同時に不安も混ざった年のように思います。  さて、この19章にある、エジプトの歴史をほどくと、確かにイザヤの時代、紀元前7世紀頃では、書かれている通りに、エジプト内部の権力争いが激しかったので、外国勢力である、クシュ人、アッシリアの介入が

 
 
 

コメント


bottom of page