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2025年3月20日 ヨブ記16章

  • hccnichigo
  • 2025年3月20日
  • 読了時間: 2分

「今でも、天には私の証人がおられます。私の保証人が、高い所に。」19節

「私の友は私を嘲る者たち。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。」20節

「その方が、人のために神にとりなしてくださいますように。人の子がその友のためにするように。」21節


 ヨブ記16章は、再び登場するテマン人エリファズへのヨブの応答である。エリファズの語りは以前に語った時よりも言葉が激しくなったので、ヨブは、その言葉に傷つき、自分の気持ちを告げたのである。

「そのようなことは、私は何度も聞いた。あなたがたはみな、人をみじめにする慰め手だ。」2節

 慰めに来た友人たちの口から出た言葉は、ヨブをみじめにするものになったのです。そして、ヨブは神に祈るのです。

「私の友は私を嘲る者たち。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。」20節

 つまり、友が自分をあざけるその時に、彼は神に対してその悲しみを表現しているということです。なぜなら、ヨブは、神が自分の悲しみを受け取ってくださると信じていたからだと思います。


 21節の御言葉に目が留まりました。

「その方が、人のために 神にとりなしてくださいますように。

 人の子がその友のためにするように。」21節


 解説者によりますと、ヨブは自分が死ぬ間際に、自分のために執り成してくださる方がいることを宣言しています。そしてその方を「人の子」とも呼んでいます。これはメシヤ、キリストの称号だと言われているそうです。保証人といい、執り成し手といい、すべて主イエス・キリストの働きです。聖書もまだ出てないときに、このようなことをヨブが発言するとは、彼には預言の賜物があったのではないかと思わされました。旧約に生きた聖人たちは、苦難のときに保障人となってくださるメシヤを心から待ち望んでおられたのでしょう。


「私の子どもたち、私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。しかし、もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の前でとりなしてくださる方、義なるイエス・キリストがおられます。」Ⅰヨハネ2:1


 主の御名を賛美します。

 新約の時代にいきる私たちは、メシヤ、キリストを心に受け入れているので助けを求める特権を与えられていることに心から感謝します。主イエス・キリストは、今もこれからもずっと私たちのために、父なる神の右の座にてとりなしてくださっておられることに心から感謝します。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

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