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2025年1月27日 エステル記3章

  • hccnichigo
  • 2025年1月27日
  • 読了時間: 4分

『ユダヤ民族滅亡計画』


 今までのディボーションで学んでいたエズラ記、ネヘミア記がエルサレムに帰還した民の記録であったのに比べて、エステル記は、帰還せずにペルシャ王国に留まったユダの民の記録で、クセルクセス王(紀元前486〜465年)の統治の時の話である。聖なる民であるユダヤ民族に対して、世界の歴史を見ると何度となく、ユダヤ民族を滅ぼそうとする迫害が必ず起こっている。近年ではナチスによるホロコーストも記憶に新しい。思うにサタンは、聖なる民であるユダ民族を抹殺してしまえば、神の奥義である、主イエスの再臨を妨げる事ができるとして、なんとかユダヤ民族を滅ぼそうとして歴史に介入している。


 ユダヤの民を滅亡させようとしているハマンは、イスラエルの敵であったアマレク人を祖先としている。王が彼を昇進させてくれて、自分の権力に溺れているハマンは、敬意を示さないユダヤ人モルデカイを許す事ができなかった。そうしてモルデカイの民族、自分の祖先の敵であるユダヤの民を根絶やしにしようと計画したのは、サタンがその背後にいたに違いない。クセルクセス王の第12年の第一の月に、ユダヤ民族の滅亡を、王の名によって、それぞれの統治下の首長たちに、書簡をもって通知された。ユダヤ人を根絶やしにし、殺害し、滅ぼし、彼らの家財をかすめ奪えと書面には指示されたのだ。まるでヒットラーを思い起こす出来事が、この紀元前約474年頃に起こっていた。歴史は繰りかえす。


 イスラエルとハマスがガザ地区での停戦合意に至ったのですが、この民族的な対立は本当に深い根をもっていて、イスラエル民族は常に生存のために戦ってきた民族で、その点、戦争があったものの、四方が海でかこまれている島国日本は、文化の上でも、領土の上でも守られてきた民族ではないでしょうか。


 アラブ民族とユダ民族の起源を、双方の民族が信仰の父と仰ぐアブラハとなりますが、アブラハムの妻サライの女奴隷ハガルは、エジプト人です。彼女から産まれたイシュマエルがアラブ民族の祖先となるわけですが、創世記16章11〜12抜粋 主の使いが荒野に逃げてきたハガルに語っています。あなたの子孫を増し加える。それは、数えきれないほど多くなる。そしてハガルに伝えたのは、「その子をイシュマエルと名づけなさい。主が、あなたの苦しみを聞き入れたから。彼は、野生のろばのような人になり、その手は、すべての人に逆らい、すべての人の手も、彼に逆らう。彼は、すべての兄弟に敵対して住む。」これがハガルの子孫、アラブ民族に下された主のことばであり、これが現実となっているのが現在のアラブ人対ユダヤ人と現れているのです。


 さて、現代でも、ユダヤ人はこのエステル記が大好きで、私たちのちょうどクリスマスに当たる時期のユダヤの祭り、プリムの祭りで、このエステル記が読まれるという。きっとこの3章でハマンが出てくる場面では、聴いている聴衆から「ブー」という避難の声が出されていることでしょう。やがてこれが、全聴衆が手を叩いて、喜ぶ場面となるわけですが、この3章は、悪役ハマンの登場場面です。日本でもどの国でも、ドラマ・シリーズは、まず悪役が勝ったかのような状況で、絶体絶命の危機から、最終的には、ヒーローやヒロインのおかげで逆転して、正義の裁きがあってハッピーエンドとなるドラマはハラハラしながら、最後には、結果よければすべて良しとなりますね。 このエステル記が、ユダヤ人の好むハッピーエンド物語なのです。


祈り

 私たちの持つ漢字の文化は、クリスチャンの影響があったのかと驚く事があります。例えば辛いという字は、十字架のうえに自分で立つという意味に取れます。しかし、この字にもうひとつ十字架をたすと、驚くなかれ「幸せ」という字に変わります。エステルやモルデカイだけではなく、現代のイスラエル人も多くの迫害にあっています。どうか十字架の主を信じることによって、辛い経験が幸せと変わりますように、祈っています。 アーメン 

文: 森 宗孝


 
 
 

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