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2025年12月6日 テモテへの手紙第一6章

  • hccnichigo
  • 2025年12月6日
  • 読了時間: 2分

 6章を読むと、「あなたが本当に求めている富は何ですか?」と、心にそっと問いかけてくる声が聞こえてくるようです。

 今の世の中では、SNSやニュースなど、目に入るさまざまな情報が “もっと必要だ”“もっと持たなければ”と私を急かし、気づかないうちに心へ不安を植え付けているように思います。

 そんな心の揺れの中で、時代は違っても、人の心は同じです。パウロがテモテに語った言葉は、今の私に向けても語られているように感じます。


 パウロはこう語ります。

「しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそが、大きな利益を得る道です。」(6節)

 本当の富とは、神さまを信じ、満ち足りる心を持つことだと教えられます。


 そしてパウロは続けます。

「私たちは、何もこの世に持って来なかったし、また、何かを持って出ることもできません。」(7節)


 それなのに私は、日々の生活の中で、まるで手に入れたものが永遠の価値を持つかのように握りしめ、「これがあれば安心できる」「もっと必要だ」と考えてしまうことがあります。その奥には、満たされない不安が潜んでいると気づかされます。


 しかし、神さまの御前に静まる時、私はすでに多くの恵みに囲まれていることを思い出します。 住む場所、今日の食べ物、家族の笑顔、働ける力、健康、どれも当たり前ではなく、神さまの愛によって与えられている恵みです。

 その恵みに気づく時、私がつかんで離さない「安心のための何か」よりも、神さまが与えてくださる平安こそが本当の富なのだと教えられます。


 だからこそパウロは勧めます。

「しかし、神の人よ。あなたはこれらのことを避け、 義と敬虔と信仰、愛と忍耐と柔和を追い求めなさい。」(11節)

 富ではなく、義と敬虔、信仰と愛、忍耐と柔和を追い求めること、そこに、神さまにある本物の豊かさがあると心に響きます。


愛する天のお父さま

 私の心が「もっと必要だ」と焦ったり、不安に飲まれそうになる時、あなたがすでに与えてくださっている恵みに目が向くよう助けてください。目に見える安心にしがみつくのではなく、あなたの愛と真実の中に、私の心が本当に安らぐ場所があることを忘れないようにしてください。

 どうか私の心が、義と敬虔、信仰と愛、忍耐と柔和を追い求める者へと整えられますように。あなたの御手にゆだねます。

 主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


 
 
 

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