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2025年12月5日 テモテへの手紙第一5章

  • hccnichigo
  • 2025年12月5日
  • 読了時間: 3分

「やもめの中の本当のやもめを大事にしなさい。もし、やもめに子どもか孫がいるなら、まずその人たちに、自分の家の人に敬愛を示して、親の恩に報いることを学ばせなさい。それが神の御前に喜ばれることです。身寄りのない本当のやもめは、望みを神に置いて、夜昼、耐えず神に願いと祈りをささげていますが、自堕落な生活をしているやもめは、生きていても死んでいるのです。彼女たちが非難されることのないように、これらのことも命じなさい。もしも親族、特に自分の家族の世話をしない人がいるなら、その人は信仰を否定しているのであって、不信仰よりも劣っているのです。やもめとして名簿に載せるのは、六十歳未満ではなく、一人の夫の妻であった人で、良い行いによって認められている人、すなわち、子どもを育て、旅人をもてなし、聖徒の足を洗い、困っている人を助けるなど、すべての良いわざに励んだ人にしなさい。若いやもめの登録は断りなさい。彼女たちは、キリストに背いて情欲にかられると、結婚したがり、初めの誓いを捨ててしまったと非難を受けることになるからです。そのうえ、怠けて、家々を歩き回ることを覚えます。ただ怠けるだけでなく、うわさ話やおせっかいをして、話さなくてよいことまで話すのです。ですから、私が願うのは、若いやもめは結婚し、子を産み、家庭を治め、反対者にそしる機会をいっさい与えないことです。すでに道を外し、サタンの後について行ったやもめたちがいるからです。もし信者である女の人に、やもめの身内がいるなら、その人がそのやもめを助けて、教会に負担をかけないようにしなさい。そうすれば、教会は本当のやもめを助けることができます。」(抜粋)


 この章でパウロは、教会の人々への関わり方について語っています。高齢者には、自分の父か母であるかのように、また若い女性には、自分の姉か妹であるかのように関わるように、と教えています。なぜなら教会は神の家族だからです。特に当時、病気や戦争で夫を失ったやもめや、キリスト者になったために離縁されたやもめが多くいたようで、彼女たちへの支援は必至でした。しかしパウロは、やもめだからといって誰でも彼でも助けるのではなく、彼女たちを選別し、教会の資源を適切に用いるように注意を促しています。つまり経済的な支援は身寄りのないやもめに限るべきであるとし、家族(子供や孫)がいるやもめに対しては、家族がそのやもめを支えなさい、と教えます。パウロは、教会が面倒を見るべきやもめの条件をあげて、本当に必要な助けを熟考して行うべきだ、と語ります。


 迫害の中にある教会が、限られた献金の中で他者を支援していくためには、その資源をどのように用いるかは、十分に考慮されるべき課題であったと思います。この章を読みながら、改めて、私は神の恵みを無駄遣いしていないだろうか、と問われたような気がしました。いただいている神の恵みを、大切に扱っているだろうか。当たり前になっていないだろうか。今一度、深く心を探っていただき、吟味するべき課題だと思いました。


祈り:愛する天のお父さま。パウロによるやもめへの支援の規定を通して、与えられている私自身の恵みの取り扱いについて深く心をさぐられました。私はあなたからの恵みを、あながた喜ばれるように活用しているでしょうか。聖霊様、どうか、いただいている恵みを、私が無駄遣いしないように導いてください。また無駄遣いしていたなら、気づかせて悔い改めに導いてくださいますよう、お願いいたします。主イエス・キリストの御名によって感謝して祈ります。アーメン

文:アイゾン直子


 
 
 

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