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2025年12月3日 テモテへの手紙第一3章

  • hccnichigo
  • 2025年12月3日
  • 読了時間: 3分

 テモテへの手紙は、「牧会書簡」と呼ばれ、教会の歩みにおける具体的な勧めが記されています。

 3章おいては、監督職に就く者の資質について、続いて執事に就く者の資質について記されています。この監督職とは、長老職、牧師職と重なる部分もありもあり区別が明確ではありませんが、教会におけるリーダーとしての立場であることは間違いありません。執事とは、おそらく教会の実務を担当する者たちであったと思われます。


 いずれにしても、誰もがその職に就けるわけではなく、このような資質が求められるということです。ただし、これをそのまま現在の教会に適用するときに、多くの人が尻込みしてしまいます。品性、行動、能力、家庭生活、評判など、この資質を満たす人は少ないだろうと思います。

 そこで現在の教会は、この御言葉を文字通りに受け取りながらも、これを成長目標として、このように成長していきたいという願いを確認し、その職に就くということにしています。


 またこの一節に心が留まりました。

「神の家とは、真理の柱と土台である、生ける神の教会である。」(15)

 神の教会とは「生きている神」の教会です。教会とは、ただの刻まれた像や、経典、教祖ではありません。また建物でも、組織でも、看板でもありません。教会とは、人の集まりです。ただし、ただの人の集まりではありません。イエス・キリストを信じて救われて者たちの集まりです。そして、そこに生ける神が臨在があってこそ、そこは神の教会となるのです。

 さらに、神の教会を建物に例えています。建物にとって大事なのは、土台と柱です。この二つがあって、建物全体が造られていきます。

 教会の柱と土台とは何でしょうか。それらは「真理」です。真理の定義とは、不変であること(時代や状況によって変わらない)、普遍であること(すべての人に対して真理であり例外はない)、不変であり、普遍である、それは、まさにイエス・キリストのことです。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(ヨハネ14:6)

 

 イエスこそ、神の教会の土台であり柱です。私たちは、この神の家に共に集まり、共に主を礼拝するのです。

 多様化、相対化が声高に叫ばれ、絶対なるものを疎んじられる時代にあって、神の教会は、絶対的なこの真理によって建てられているのです。


  

 天の父なる神さま

 私たちの集うこのホノルル教会は、生ける神の教会です。イエスさま、あなたこそ教会の土台であり柱です。

 どうかこの世にあって、真の神の教会が建てられて行きますように。そして一人でも多くの人が、この家に中に入って来ることができますように心から願います。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン         

文:関真士


 
 
 

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