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2025年12月2日 テモテへの手紙第一2章

  • hccnichigo
  • 2025年12月2日
  • 読了時間: 3分

『人としてのキリスト』


 このテモテへの手紙、牧会書簡は、パウロの牢獄からの最後の書です。愛弟子のテモテに、パウロ自身も頂いて、テモテへ伝えた福音を守り抜きなさいという命令の書でもあります。教会に集うすべての人々、身分も異なり、高い地位の人も、奴隷となっている人も、男も女もすべての人のために、祈り、とりなし、感謝をささげなさいと、この老いた、恩師であるパウロは、若いテモテに語っています。


 4節「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます。」このことが、主の私たちへの戒め、「全世界に出て行き、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」マルコ16;15との宣教命令となり、すべての人が主イエスのみことばを聴くチャンスが与えられるようにと、最終的な罪の裁きの人なる主の日、再臨を引き伸ばしているのが現状であろうと思うのです。


 エペソで牧会をしている若き牧師テモテへ、色々なアドバイスをしているのですが、特にこの原始教会時代には、偽の教師や教えが、パンの中に入れるタネのように入ってきては膨らんでしまっていたようです。それらの偽の教えには、グノーシス主義といって、霊である神を敬うあまりに、聖なる霊の世界から、悪の象徴である肉の世界に、人間として来られた主イエスに対する間違った解釈が行われてしまったり、もしくは、ユダヤ教から改宗した者たちが、少なくとも救われるためには、割礼が必要、律法を守る事も大事という律法主義も、エペソの教会にも入り込んできていたようです。


 すべて、異端の教えは、イエスが人間であることを否定したり、イエスが神であることを否定したりする教えです。私たちは、主イエスが天なる父のもとから、送られてきた受肉された神の子であることを信じています。なぜ主イエスが100%人であり、100%神であることが可能なのか、ヒントは創世記1章26節a「神は仰られた。『さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう」このために

神の御子が受肉されたことが可能となったのです。そして受肉された神の御子が、成長するにつれて、本来の神の本姓が現れてこられた、原罪を引き継ぐことの無いように、御霊によって母マリアから産まれてくる必要があったのです。


 話がずれましたが、パウロが受けた福音は、人であり神であるイエスが、救い主メシアである。イエスはキリストであるという福音を引き継いで守りなさいという、テモテへの、また揺さぶられている教会へのメッセージであります。


祈り

今日の私たちも、異端の教えが氾濫しております、どうか真の福音を守り、伝え続けることができますように、聖霊によって導かれ続けますように、私たちの心をお守りください。アーメン

文:森 宗孝


 
 
 

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