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2025年11月27日 雅歌5章

  • hccnichigo
  • 3 日前
  • 読了時間: 2分

 今日は感謝祭。主がなさったすべてのことに心から感謝します。


 雅歌の5章の冒頭は幸せな結婚式のことが述べられています。しかし、2節以降からは花嫁の怠惰から愛する花婿が去っていくという悲しいことが語られています。


 新婚時代は夢のような毎日が続いていきますが。年月を重ねていくとお互いのわがままがでてきて危機的状況に陥ることがあるのは誰もが体験することだと思います。これは、キリストと私たちの関係上でも起こりうることだと言われています。クリスチャンになったばかりは、信仰に燃えて霊的思考をもっと求めていきたいという意欲が強くなってきます。しかし、信仰生活が長くなっていくと、私たちの霊的思考も倦怠期に陥りやすくなって、神が戸をたたいておられるのに私たちは直ぐに戸を開けることができなくなってしまうということです。


 花婿(イエス様)が戸をたたいて、開けてくれと催促しています。中にいる花嫁(私たち)は、脱いでしまった衣をどうしてまた着られるのかとか、足を洗ってしまったのをどうしてまた汚せるのかと自分勝手な思いで直ぐに戸を開けようとしません。その結果、戸を開けた時には花婿は花嫁から去って行ってしまったのです。


 イエス様は、私たちの心の戸をたたいて下さっているのに、私たちは自分の都合で戸を開けようとしないことがあります。もちろんイエス様は私たちを決して見捨てることはありません。イエス様はいつでも私たちとの関係を深めていくことを願っています。イエス様のその思いにいつも私たちが気づいていくことが大切だと思います。


 イエス様が片手にランプを持って、家の戸をノックしている絵(「世の光」)が思いだされます。その絵は、ホルマン・ハントという画家が描きました。その戸の外にはノブがついていません。中にいる人が開けなければ、戸は開かないということです。私たちの心の戸を開けなければイエス様は入ってこられないということです。


「見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」ヨハネの黙示録3:20



 愛する天の父なる神様。あなたが私たちの心の戸をたたいている時に、私たちが直ぐに気づいて喜んでお迎えすることができますようにしてください。どんな時にもたえずあなたの御声を優先することができますように助けてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


 
 
 

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