2025年11月21日 伝道者の書11章
- hccnichigo
- 11月21日
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「あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見出す。あなたの受ける分を七、八人に分けておけ。地上でどんなわざわいが起こるかをあなたは知らないのだから。濃い雲が雨で満ちると、それは地上に降り注ぐ。木が南風や北風で倒れると、その木は倒れた場所にそのまま横たわる。雨を警戒している人は種を蒔かない。雨雲を見ている人は刈り入れをしない。あなたは妊婦の胎内の骨々のことと同様に、風の道がどのようなものかを知らない。そのように、あなたは一切を行われる神のみわざを知らない。朝にあなたの種を蒔け。夕方にも手を休めてはいけない。あなたは、あれかこれかどちらが成功するのか、あるいは両方とも同じようにうまくいくのかを知らないのだから。光は心地よく、日を見ることは目に快い。人は長い年月を生きるなら、ずっと楽しむがよい。だが、闇の日も多くあることを忘れてはならない。すべて、起こることは空しい。若い男よ、若いうちに楽しめ。若い日にあなたの心を喜ばせよ。あなたは、自分の思う道を、また自分の目の見るとおりに歩め。しかし、神がこれらすべてのことにおいて、あなたをさばきに連れて行くことを知っておけ。あなたの心から苛立ちを除け。あなたのからだから痛みを取り去れ。若さも青春も空しいからだ。」
「パンを水の上に投げる」とは、ナイル川のような大きな河川の氾濫で水没してしまった田畑にも、農夫は通年通り種を撒く、という中東の慣習から来ているたとえだそうです。水没した田畑に種を蒔くなど無駄でしかないように思いますが、どんな状態であれ、蒔いた種は必ずいつか、豊かな実りをもたらすことを農夫たちはよく知っていました。人生や伝導もこれと同じで、一見無駄に見えるようであって、やがて豊かに実ることを信じて、私たちもまた水の上にパンを投げていると言います。思い通りには行かないことについて著者は、日々移りゆく風や雲については、気にすることはないと励まします(伝道者の書11:3-4)。 農夫の生活と同じく、全ての条件が整うまで待っていたら、伝道など到底、始められないのです。神は御心にかなった時と方法で実りを持たせてくださいますから、安心してみことばの種を蒔いてまいりましょう。
愛する天のお父さま。すべてのことに無駄はなく、私のような小さき者の働きでさえも、あなたご自身の計画のために用いてくださっていることを知りました。ありがとうございます。風向きや雲行きを気にして、一喜一憂してしまいますが、すべてはあなたが良いものとしてくださること、ありがとうございます。イエス・キリストの御名によって感謝して祈ります。アーメン
文:アイゾン直子

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