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2025年10月24日 箴言14章

  • hccnichigo
  • 10月24日
  • 読了時間: 3分

 この14章でも、13章から引き続き、いろいろ違った状況の中で、またいろいろな観点から見て、「知恵ある者」「正しい者」と「愚かな者」「悪者」とを対比することによって、その違いと訓戒を述べています。そして「知恵」を求めて生きることを私たちに勧めています。


 皆様既にご存知のように、箴言を通して語られている「知恵」とは、新改訳聖書箴言1章の脚注の示す通り「神に喜ばれる生き方をするための、実際的判断力」です。まさに、箴言の主題と言われる「主を恐れることは知識の初めである。」(1:7)が語る通りです。ここで言われている「知識」と「知恵」はほとんど同じ意味だろうと察します。


 ある解説によると、人間の知恵と愚かさを対比させている13章と比べると、この14章では人間の知恵や愚かさが、神との関係に基づくものだということを示そうとしているそうです。例えば、「まっすぐに歩む者は、主を恐れ、曲がって歩む者は、主をさげすむ。」(14:2)主を恐れる者とは知恵のある者で、神のご計画に従ってまっすぐ歩く、しかし、主の教えに従わないで主をさげすむ者は、右や左にそれながら、道に迷いながら曲がりくねった道を歩むのです。


 この章では「道」とか「歩む」という言葉が数回でてきます。これは人生を生きることとその過程を意味することだと思います。詩篇119:19に「私は地では旅人です。」とあるように、人生を生きる私たちは色々な道を歩く旅人です。まっすぐな道もあり、曲がりくねった道もあります。スムーズな平坦で安楽な道もあれば、ガタガタの激しい困難の坂道もあります。しかしどんな道も私たちが神の教えや戒めに目を向けないで、自分の判断だけで生きようとする傾向がよくあります。私たち新約の時代に生きる者にとってこの12節、そしてこの14章全体で対比されている「知恵ある者」「正しい者」と「愚かな者」「悪人」の違いは、キリストを信じる信仰に生きる者と信じないものとの違いと思います。


 そのことを明らかにしてくれるのが12節の「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」だと思います。人間から見ると一見正しいように見えても、その行き着く先は死に至る道であることを警告しています。すなわち、人間的な知恵や行いが神の基準から外れていて、神を恐れない生き方では、神が私たちに臨んでおられるまっすぐな道が見えません。そして曲がりくねった道を歩んでしまう、そしてその終わりには最終的な破滅が待っていることが見えないのです。人間自身の力で選択した生き方や価値観が、表面上は正しく成功しているように見えても、神の基準から見れば間違った道であり、最終的には失敗にまた破滅に至ることを示しています。ここで訓戒として言われている「死」とは、単なる肉体的死だけではなく、神からの断絶、見放されること、神からの恵みと祝福またお導きも頂けないで、そして人生の破たんあるのみのことです。


 面白いなと思ったのは次の13節「笑う時にも心は痛み、、、、、。」は、日本語で言う「顔で笑って心で泣いて」ということですね。12節の「死」とはこのことをもほのめかせているのかなと感じました。


 恵み深い天のお父さま、私たちはあなたに愛され、私たちのために備えてくださっている道に見向きもしないで、自己中心的に自分の道を歩んでしまうことが多々あります。そのような時、どうかあなたの道を示してください、そしてそこに私たちを引き戻してください。いつの間にかあなたの道から逸れてしまう私たちですが、それでも私たちのことを愛し続け、導いてくださることを感謝します。

 God Is Good All The Time. アーメン


 
 
 

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