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2023年5月13日 テモテへの手紙第一 6章

『神の人よ』


「しかし、神の人よ。あなたはこれらのことを避け、義と敬虔と信仰、愛と忍耐と柔和を追い求めなさい。」(11節)

 牧会で苦労をしているテモテに対して、パウロは「神の人」と呼びかける。

 旧約では、モーセやエリヤ、その弟子のエリシャ、ダビデも「神の人」と呼ばれた。でも新約で「神の人」と呼ばれたのは、若きテモテ牧師だけだそうだ。テモテは禁欲的なのだろうか、水ばかり飲んでいたらしい。神経をすり減らして働くあまり、胃弱で病気がちでもあったらしい(5章23節)。

 そんな心身ともにへこみがちなテモテを、パウロは「神の人」と呼び、励まし、奮い立たせようとした。

「神の人」とはどのような人なのだろうか。消極的なホップ、積極的なステップ、もっと大胆なジャンプの三段階があるようだ。

 一段階めのホップとは、11節にこれらのことを避け」とあるように、避けること。「これらのこと」とは、前節までにある、「金銭を追い求める生活。また、ねたみ、争い、ののしり、邪推などの言い争い」で、それを避けよ、ということだ。

 悪に真正面から対峙するのは一見勇敢かもしれないけれど、深みにハマって悪循環になることもある。

 だから、避けることこそ賢明な勝利への道だとパウロは諭す。逃げるが勝ち、ダビデが「瞳のように私を守り 御翼の陰にかくまってください。」(詩17:8)と祈って逃げ、神さまに救われたように。

 二段階めのステップは、「義と敬虔と信仰、愛と忍耐と柔和を追い求め」ること。神さまとの関係の中で神さまをおそれ、正しく生きようとすることだ。

 ここまでだったら「神の子」としてよく理解しているし、日々実践しようともしている。ところが「神の子」から「神の人」にジャンプするには、12節を率先しなければならない。

「信仰の戦いを立派に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。」

 いのちがけの戦いをしなさいと説く。殉教をもいとわない戦い。そして永遠のいのちを得ようというのだ。このハードルは自力では到底無理、かなわない。


 私たちはイエスさまを信じて洗礼を受けた時に、救いの義認として永遠のいのちをすでにいただいている。でもそれはまだ完成していなくて、聖霊に助けられながら聖化の成長、旅路を歩んでいる。それが今、現在だ。

 やがてイエスさまが再臨する時、永遠のいのちは完成して、栄化へと至るー。

 これ、関牧師が土曜日に教えてくださっている、神学講座で学んだものです。


 神さま、関先生の牧会を感謝します。迫害を体験していない私ですが、私のまわりにはイエスさまに無関心な人が多くいます。どうか私が愛をあらわすことで、無関心な人がイエスさまに出会うチャンスが生まれますよう用いてください。聖霊さまの導きに従えるよう整えてください。イエスさまのお名前で感謝して祈ります。アーメン

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