top of page
  • hccnichigo

2022年8月6日 ディボーション

エレミヤ書11章


『なんだっけ? 契約と預言』


「この契約のことばを聞け。これをユダの人とエルサレムの住民に語れ。」(2節)

 冒頭のこの、主のことばを聞いて2つのことを思った。


①神さまの契約ってなんだっけ?

「わたしの声に聞き従い、すべてわたしがあなたがたに命じるように、それを行え。そうすれば、あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる」(4節)

 これが神さまの契約だ。ただし契約にも種類があり、イエスさま預言などの特定の契約の内容もあれば、この4節みたいに「わたしの民となれば、あなたの神となる」という、聖書全体の、神さまとの関係の根本、本質の契約もある。

 そして契約は、その時代、その人、創世記から新約の時代、私たちが今生きるその時々で、常に更新されている。神さまも聖書も生きて有機体として存在しているからだ。

「神学はソリッドなものではなく、ダイナミックに変わるもの」、修養会で受け取った、これからの私のテーマだ。


②神さまの預言ってなんだっけ?

 契約は今もアップデイトされ続けている。だから、旧約のみことばも私たちに適用できる。

みことばが普遍だからだ。だから預言は未来予測ではない。神さまは未来を変えることもできるお方だから、予測する意味はない。

 神さまのみことばを預かり伝えることが預言。「アーメン。主よ。」(5節)、エレミアは従順にアーメンと同意したから、神さまは預言を続けてくださった。

 出エジプトの時代から「わたしの声を聞け」と、しばしば戒めてきた神さま。なのに聞こうとせず、「頑なで悪い心のまま」に歩んだ。

 神さまは、「頑なな心」をものすごく嫌われる。そういう者には災いの預言が伝えられることさえある。

「あなたは、この民のために祈ってはならない。彼らのために叫んだり、祈りをささげてはならない。彼らがわざわいにあって、わたしを呼び求めても、わたしは聞かないからだ。」(14節)

 エレミアのとりなしの祈りさえも禁じるほど呪う神さま。預言は実にさまざまだ。本質的な預言もあれば、災い、呪い、励まし、叱責、警告の預言もある。


 なぜ預言をするのか? すべて、悔い改める機会を与えるためだ。神さまに従い、ゆだねるのだ。そうすれば決して悪いようにはしない。災いの中で、呪いの中でそれでも神さまにゆだねるのは辛く厳しい。それでもなお、それでもなお、みことばの愛と励ましを信じて従える者でありたい。

「そうすれば、わたしはあなたがたの神となる」と契約してくださっているのだから。正しいさばきができるのは神さまだけなのだから。契約は絶対、契約における神さまの正義の発動を感謝して待ちます。イエスさまのお名前で祈ります。アーメン

閲覧数:56回

最新記事

すべて表示

2022年12月31日 ディボーション

ダニエル書 9章 『御心ならば』 ダニエルはエレミヤの預言により、捕囚が70年間であることを知り、あと3年でその期間が終わることを悟った。と同時に、同胞が犯してきた罪に思いを巡らせた。イスラエルの民が幾度となく神さまを裏切ったこと、偶像崇拝で聖都を汚したこと、エルサレム神殿を荒廃させてしまったこと、なにより神さまが用意してくださった悔い改めのチャンスを受け取らなかったこと。 「そこで私は、顔を神で

2022年12月29日 ディボーション

ダニエル書7章 『ダニエルの見た夢』 ダニエルの見た夢は、4頭の大きな獣であった。2章でネブカドネツァル王が見た像の夢と似通った幻である。第1の獣は獅子のようなもの、第2の獣は熊に似たもの、第3の獣は豹ににたもの、そして第4の獣は大きな鉄の牙を持った恐ろしく不気味なものであった。それは、地上にいる獣と比較することができないほど恐ろしく、最強で、ものすごかったのである。まるで黙示録の中にいるようだ。

2022年12月26日 ディボーション

ダニエル書4章 『聖霊によって変えていただく』 アイゾン直子 ネブカドネツァル王は、数々の奇跡を目の当たりにした結果、イスラエルの神を褒めたたえるようになりました。しかし、唯一の神として認めることはできませんでした。彼は自分が神に等しい者と思っていたのかもしれません。そんな栄華を極めた生活の中、彼はある夢を見ます。そしてその不可解な夢を恐れた王は、呪法師や呪文師、占星術師たちに話しますが、誰も夢の

bottom of page