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2026年3月12日 エレミヤ書4章

  • hccnichigo
  • 3月12日
  • 読了時間: 2分

「まことに、主はこう言われる。

「全地は荒れ果てる。ただし、わたしは滅ぼし尽くしはしない。」27節


 エレミヤ書4章はイスラエルの神のさばきについて語られています。

 心優しく、涙の預言者エレミヤと言われた彼の神への訴えに心に迫ってくるものがあります。ユダが主に逆らった罪のさばきを自分のこととして受け取り、

「私のはらわた、私のはらわたよ、私は悶える。私の心臓の壁よ、私の心は高鳴り、私は黙っていられない。」と19節で述べています。


 他者のためにこれほどまでにはらわたや心臓の痛みを告白できるかと心に迫ってくるものがあります。ここを読んでいた時に、イエス様の十字架と重なってくる思いがしてきました。解説者によると、この19節はエレミヤ書の全巻に流れている特色だと言われているそうです。


 主の厳しいさばきが述べられているなかでも、主の救いの希望が27節で語られている聖句に目が留まりました。


「全地は荒れ果てる。ただし、わたしは滅ぼし尽くしはしない。」


 何が滅ぼし尽くされることはないと言っているのでしょうか。これは、ユダの民がすべて滅ぼし尽くされるわけではないと言われています。イスラエルの残されたもの、言い換えれば「レムナント」と言われています。今のレムナントはメシヤニック・ジューと呼ばれている人たちだと言われています。これは、神がアブラハムと契約されたことで、イスラエルの全てが滅び尽くされるというわけではないと言うことです。神はご自身で選ばれた民を決して完全に滅ばされないと言うことです。


 天の父なる神様。今日の御ことばを心から感謝します。私たちクリスチャンも他者がおかした罪をにくみ、救いのみことばを持って祈り合うことができますように導いて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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