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2021年6月4日 ディボーション

  • hccnichigo
  • 2021年6月4日
  • 読了時間: 2分

ヨハネの黙示録3章



 黙示録3章には、7つの教会に書き送られたメッセージの中の、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアの3つの教会のことを記されています。

 どの言葉も耳を傾ける必要のあることですが、特に20節の御言葉を取り上げたいと思います。



「見よ。わたしは戸の外に立ってたたいている。誰でも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしは、その人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」



 この御言葉は、よく未信者に対するメッセージとして引用されることがあります。「イエスさまが心の扉をノックしているから、心を開いてイエスさまを心に受け入れましょう」という感じです。

 しかし実際には、この御言葉は教会に対して語られているものです。つまり信者に対してです。なんとラオディキアの教会は、イエスを教会の外に追い出してしまっているということなのです。

 そんなことがあるのかと思いますが、意外とありがちかもしれません。ある誕生日会に参加したとき、招待者は飲めや歌えで楽しそうに盛り上がっているのですが、肝心の誕生者は、まったく蚊帳の外ということがありました。

 同じように、熱心に賛美していても、祈っていても、奉仕していても、交わっていても、肝心のイエスはそっちのけという事も有り得ることです。



 しかし驚くのは、イエスは、それでもなお教会の中に入ろうとして戸をたたいていてくださるという事です。しかも、戸を開けたらイエスは中に入って来てくださって食事をともにしてくださるというのです。食事をともにするということは「和解」を現わします。

 もし私たちが、イエスを外に追い出してしまうような事があっても、もう一度戸を開いたら、イエスは私たちを赦して、もう一度正しい関係を回復してくださるというのです。なんという恵みでしょうか。



祈り


 天の父なる神さま、私たちは、あなたを教会の外に追い出してしまうような事を、いつの間にかしてしまうような者たちです。しかし、あなたの忍耐により、もう一度戸を開き、あなたをお招きするチャンスを与えてくださることを感謝します。どうか、教会の主が、文字通り教会の主として、いつも教会の王座にいてくださいますようにと心から願います。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

 
 
 

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