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2021年6 月13日 デヴォーション

  • hccnichigo
  • 2021年6月13日
  • 読了時間: 2分

ヨハネ黙示録12章


1節~6節は、イエス・キリストの誕生にまつわる出来事の描写が記されている。


 1節「一人の女」とは、イスラエルのことで、直接的にはイエスの母マリヤのこと。

 3節「炎のように赤い大きな竜」とは、悪魔のこと。

 4節「天の星の三分の一」とは、悪魔が天使の三分の一を地上に投げ落としたと 

   いうこと。この投げ落とされた元天使が悪霊と呼ばれる存在。

 5節 「この子」とは、イエス・キリストのこと。

 6節 イエスは、ヘロデ王の虐殺から逃れるためにヨセフとマリヤに連れられたエジプト     

に避難したこと。

            

 7節~9節は、竜と呼ばれる悪魔が地に投げ落とされたことが言われている。

 整理すると、もともと悪魔は、神の近くにいた天使であった。しかし、神に反逆して堕天使となり、三分の一の天使を味方にして、まず先にその元天使(悪霊)をこの地に送った。

 この時には、悪魔は、「空中の権威を持つ支配者」(エペソ2:2)と呼ばれているように、天と地の空間に居たようだ。

 しかし、黙示録のこの時に、悪魔は、その空中から地に投げ落とされた。12節には、「天とそこに住む者たちよ、喜べ。しかし、地と海は災いだ。悪魔が自分の時が短いことを知って激しく憤り、おまえたちの所に下ったからだ。」と記されている。


 10節、11節で、悪魔は「告発者」であると記されている。これが悪魔の特徴だ。悪魔は、私たちの罪を知っているようだ。手下の悪霊が一人一人の罪状を記録しているのかもしれない。余計なお世話だといいたいが、先方は、告発する理由を躍起になって探しているのだろう。いずれにしても、ある事、ない事合わせて、私たちを告発するのが悪魔の仕事なのだ。

 私自身は、その告発に耐えられるだろうか。これまでの人生のすべての罪が告発されたらお手上げだ。

 しかし、その告発内容がたとえ事実であったとしても、御言葉には「子羊の血と、自分たちの証しの言葉のゆえに竜に打ち勝った」と記されている。

 私の罪は、イエスの十字架の血によって清められ、雪よりも白くされたのだ。でもそれだけではい、その事を信じる「証しの言葉」が大事なのだと思わされた。

 今日も、確信をもって「告白、宣言」したい。「私の罪は、イエスの十字架の血によって清められたのだ。」と。この証しを言葉にすることが、とても大事なことだと思わされた。



祈り

 天の父なる神さま。告発者である悪魔が、どんな告発をしようとも、私たちは、十字架の血によって罪が清められたことを宣言します。悪魔の告発に負けないで、確信をもって信仰を告白し宣言することができますように、勝利者として歩めますように、どうぞ助け導いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

 
 
 

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