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2026月8月19日  ホセア書9章

hccnichigo
8月19日
読了時間: 2分

「イスラエルよ、喜ぶな。諸国の民のように楽しむな。あなたは自分の神に背いて、姦淫したからだ。」(1)


 ホセア書には、「姦淫」が大きなテーマとなっている。ホセアの妻による実際の姦淫の指摘を通して、真の神を捨て偶像を拝んでいるイスラエルの民の「霊的姦淫」を指摘している。

 社会を見れば明らかだが、真の神から離れて偶像礼拝のある所には、実際の姦淫も起こってくる。実際の世界と霊的な世界はつながっている。

 現代における姦淫を原因とする夫婦関係の破綻、痛みは、偶像礼拝の罪が根であることは間違いない。


 偶像礼拝をしている民が、たとえ収穫を得たとしても、それを喜ぶな、楽しむなと記されている。普段、私たちの信仰の特徴は、喜び、楽しみである。しかし、もし私たちが偶像礼拝をしていたら、その喜びも楽しみも取り上げられしまう。


 多様化が特徴の現代において、私たちは、確信を込めて「天地を造られた神は、唯一、真である」という真理を宣言していく。決して偶像礼拝に陥ってはならないのだ。


 さらに、ホセアは北イスラエル王国に対して預言している。北イスラエルには、ベテルとダンの二か所に金の子牛の像が置かれていて、民はその金の子牛をヤーウエの神、つまり真の神と呼んで礼拝をしていた。これが北イスラエル王国の初代の王であるヤロブアムの罪と呼ばれるものだ。

 これが偶像礼拝の深さ、厄介さである。金の子牛に真の神の名前、今であれば「イエス」という名をつけているわけだ。だからこの偶像礼拝は分かりにくい。私たちにとって注意しなければならないのは、イエスさまのため、神の栄光のため、教会のため、伝道のため、と言いながら、その動機は承認欲求が満たされることであったり、劣等感であったりするなら、それは本質的にヤロブアムの罪と同じである。


 私たちは、聖霊に自分の心を探っていただき、動機を清めていただいて、真の神だけを礼拝する者とさせていただきたいと心から願う。


 天の父なる神さま

  私たちの心の中から偶像礼拝につながる、すべての不純なものを取り去ってください。表も裏もなく、真実に主を愛し、従う者としてください。私たちを偶像礼拝の罪から守ってください。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン

文:関真士



 
 
 

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