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2026年8月15日 ホセア書5章

  • hccnichigo
  • 3 日前
  • 読了時間: 2分

 イスラエルには真実もなく、誠実さもなく、神を知ることもない。呪いと欺き、人殺しと盗みと、姦通がはびこるところだと前章にあった。彼らは、神様から離れ、自ら進んで異国の神に従った。それゆえに、神様は彼らの上に、激しい怒りを水のように注ぎ、彼らを打ち砕くとおっしゃる。

 

 彼らは羊の群れ、牛の群れを連れて行き、神様を訪ね求めるが、見つけることができないとおっしゃる。それというのも、実際には、彼らの心は神様から離れていて、捧げものは形式に過ぎなかったからだろう。


 また、他国に助けを求めるが、だれも癒すことも、助け出すこともできない、とある。神様がこの状況をお許しになってるのは、彼らが真に神様を知ること、神様のもとに戻って来ることを目的とされているからだ。彼らを癒し、助けることのできる方は神様だけなのた。


 神様はイスラエルを心から愛し、祝福して下さった。十分愛されているのに、満たされているのに、イスラエルは傲慢になり、自ら他の神へと心を翻し、神様から離れてしまった。


 人間は、満たされている時が一番、神様を忘れ、傲慢になりやすいものかもしれない。苦しい時の方が、神様を必死に求め、御心を探る。満たされると、そのことが、だんだん当たり前になって行ってしまう。そうなると、私など、気を付けないと、心はどんどん贅沢になり、その欲求はエスカレートしてしまう。


 だからこそ、神様は時に、私たちを苦しみの中に置かれるということもあるのかもしれない。最初は、その状況から逃れたくて、助けを求めて祈る。しかし、すぐに好転しないことも多々ある。その中で、苦しみながらも、必死に神様を求め、会話するだろう。実際、苦しみが来たなら、早く楽になりたいと動きたくなるが、神様との正直な会話が大切なのかもしれない。そこで罪を示されたなら、悔い改めていきたい。


愛する天のお父様、今日のみことばを感謝いたします。神様との会話の中で、罪を示されたなら、悔い改め、神様に整えていただくことができますように。イエス様の贖いのゆえに、神様の愛からこぼれ出ることが、決してないことをありがとうございます。どんな状況の中からでも、再スタートすることのできる恵みを感謝いたします。イエス様の御名によってお祈りいたします。アーメン


 
 
 

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