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2026年6月11日 エゼキエル書30章

hccnichigo
6月11日
読了時間: 2分

『主の日は近い。』


 エジプトへのさばきの預言が続く。「主の日」というのは、世の終わりに世界全体にくだる神の最後の審判の日のことを指します。ここでは、エジプトにくだるさばきの日のことが述べられています。


 その日に、同盟国だったクシュ、プテ、ルデ、あらゆる混血の民、クブなども剣に倒れます。この姿が終わりを示す型となっていると言われています。剣に倒れるというのは、ネブカドネツァル王の軍隊によって殺されるということです。


 主は、ご自身の計画の為に悪人とよばれているネブカドネツァル王の軍隊を用いられる。彼らは、偶像を打ち壊しエジプトの繁栄した都市を滅ぼします。それゆえに、その日を「主の日」と言われています。


 イスラエルは、主の律法に従わなかったゆえに、主にさばかれました。


 そして、エジプト、異国の国々は、自分が神であるかのように傲慢に振る舞った為に、主にさばかれました。これは私たち自身にとって、これからの日々の歩みに対する、とても大切な教訓だと思います。


 「わたしはバビロンの王の腕を強くし、ファラオの腕が垂れ下がるようにする。わたしがバビロンの王の手にわたしの剣を渡し、彼が手をエジプトの地に伸ばすとき、彼らは、わたしが主であることを知る。」25節


 腕についての預言を述べています。神は、強いとされているファラオの腕を砕き、代わりにバビロンの腕を強くされます。そしてバビロンの腕がファラオの腕を砕くということです。神こそ、誰よりも力強い腕を持っておられて、国を治められる唯一なおかたであるということです。


 父なる神様。今日のみことばを心から感謝します。あなたの戒めを日々守っていくことができますように助けて下さい。感謝して主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン


 
 
 

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