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2026年6月10日 エゼキエル書29章

hccnichigo
6月10日
読了時間: 1分

 このエゼキエル29章では 主の怒りの言葉から始まりますが、神のこの怒りは エジプトの王パロとエジプト全国に向けられたものでした。彼らは主を主とも思わず、傲慢で悔い改めることもなく、神から離れたもの達でした。

 

 神は彼らに裁きをおこなうことになり、その裁きは酷く恐ろしく怒りはこの上に無いものでした。忍耐強いお方の神ですが、彼らが神に立ち返ることも無く恐れない物達に、その忍耐は消え、このような裁きに至ったと思います。その上、エジプトに住む者達を散らされ、40年間も住めなくされた。

 しかし、その後、散らされた家族を集められるが、以前とは違い、卑しい民にされ2度と立ち上がれない無いようにされた。

 主はバビロンの王ネブカデレザルにエジプトの地を与えられ、彼らは神が主であることを知る。神の怒りは何と恐ろしいことか...現代に生きる私達への警告の様に感じます。


祈り

ハレルヤ、天の神様。

 あなたの愛と忍耐強さと全ての事に感謝します。

 私は神が主であること、その様なお方であることを度々、忘れてしまいます。どうかこのような私を憐れんでください。神様を一番に考える事が出来ますように導いてください。

 主イエスキリストのお名前によりお祈りします。アーメン


 
 
 

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