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2026年4月29日 エレミヤ書52章

hccnichigo
4月29日
読了時間: 2分

 長かったエレミヤ書もこれで最後の章となる。最後は、バビロン帝国による南ユダ王国の滅亡と捕囚の様子が記されている。

 滅亡の都市はBC586年と言われているが、一度で滅亡したのではなく、段階的に削れられ、最終的な滅亡がこの年ということだ。捕囚も、一度で全員が連れて行かれたのではなく、段階的になされたようである。

 28節から30節には、その年と人数の詳細が記されている。7年、18年、23年だから16年間の内に3回に亘って行われたということになる。

 ここにて南ユダ王国は、北イスラエル王国(BC722年)に続いて滅亡したことになる。


 しかし、南ユダ王国に関してはバビロン捕囚からの解放が預言されており、捕囚から70年後に彼らは神の都をエルサレムに帰還し、神殿を再建することになる。ただし北イスラエル王国は、この時以来現在に至るまで「失われた10部族」となっている。


 今を生きる私たちにとって、エレミヤ書の記述は何を意味しているのだろうか。歴史を支配する神の摂理、神の裁きと回復、メシヤ(救い主)預言の確かさ、などなど大切なテーマがある。


 私は「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。」(31:3)の御言葉が心に刺さる。これだけ神に反逆する背信の民を、それでもなお愛し続ける神の愛。愛するからこそ裁く神の痛み。裁いている神が誰よりも痛んでいるのだ。

 私たちの罪を赦すために、御子を十字架にかけられた父なる神の愛と痛みは、どれほどであったのか。一生かかっても知り尽くすことができない人知をはるかに超えた神の御心。その御心を少しでも悟る者でありたいと心から願う。 

 

天の父なる神さま

 エレミヤ書を通して多くを学べたことを感謝します。あなたの愛とあなたの義の前に、私たちはただひれ伏すのみです。そして改めて、十字架の恵みを感謝いたします。あなたがどれほどの愛と痛みをもって御子イエスさまを十字架にかけられたのか、そのあなたの御心をもっと悟る者とさせてください。 

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

文:関真士


 
 
 

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