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2026年3月25日 エレミヤ書17章

  • hccnichigo
  • 3月25日
  • 読了時間: 2分

「主はこう言われる。あなたがた自身、気を付けて、安息日に荷物を運ぶな。またそれをエルサレムの門の内に持ち込むな。また安息日に荷物を家から出すな。いかなる仕事もするな。安息日を聖なるものとせよ。わたしがあなたがたの先祖たちに命じたとおりだ。」(21,22)


 安息日を守ることは十戒にも明記されているとおり、とても重要です。週7日間のうち一日を聖別して安息日とすることは、神が天地創造の時から人間のために定めたことです。(創世記2:1~3)


 しかし、ユダヤ人たちは、安息日を守ることを徹底するあまり、本来人間のためにある律法を、律法のための人間に変えてしまいました。これは本末転倒であり、律法の律法主義化です。


 イエスは、言われました。

「そして言われた。『安息日は人のために設けられたのです。人が安息日のために造られたのではありません。』」(マルコ2:27)


 現代のおいて安息日を守ることは、単に週一度の休日を持つこと以上の意味があります。それは「神と共に休む日」なのです。ですから主日礼拝を「安息日礼拝」と呼ぶ教会もあります。

 ただ礼拝で奉仕する者たちにとっては、その日はとても忙しい日になりますので、それは考えものです。それぞれが週一度の安息日を設けることは、現代社会においてはとても難しいことかもしれません。しかし「神と共に休む」ことの大切さは今も同じです。


 安息日を守ることを、律法としてではなく恵みとして受け取り、それぞれの実生活に安息日を設けていきたいと願います。



 天の父なる神さま

 安息日を守ることは、実際にとても難しい社会ですが、その中で、どうか私たちが安息日を守り、身体、精神、霊において、休息を得ることができますように。そして新しい力を主からいただくことができますように。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

文:関真士


 
 
 

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